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突然――、
「教えてください!」
「うわっ!?」
クラスメイトの安藤が半泣きで俺の腕にすがりついてきた。
俺は手に持っていた一枚の賞状を落としそうになった。
「ととと……。ええい。いきなり何だ? 安藤君。離れたまえ」
「あ。ゴメン」
「誰にも見られなかったようだな。ふう」
安藤が体から離れたので俺は一安心した。男が男に半泣きの顔で抱きついている場面なんて喜ぶのは女子だけだ。
「ふう。で? 何を教えてくれって?」
「はい! 一体どうしたら人生の成功者になれるんですか?」
この安藤の質問に俺は片ひざの力が抜けてガクッとした。
「高校生に人生がわかるものかよ。職員室にいる先生の誰でもいいから聞いて来い。はい。以上!」
俺は窓の外を見た。梅雨が終わり日差しが強く季節はすっかり夏だった。
「もうすぐ夏休みにじっくり考えられるだろうよ」
クールな決め台詞だ。
「だからクーラーはちゃんとつけろよ。暑さで頭を壊さないようにな」
俺は手に持っていた賞状で自分の顔を扇いだ。
あー涼しい。
「それだ!」
「ん? 夏休み?」
「いやいや。松井君がその手に持っている賞状だ」
「ああ? これ? 何の賞状だっけ? いちいち確認せずに貰ってきちゃったよ」
「だから、すごいんだよなあ。松井君は部活動でも勉強でも賞状やトロフィーをたくさん貰ってる」
「まあな」
「何をやってもいい結果に結びつくんだからさ。松井君はすごいよ!」
「ま、まあな。でも、すごいのは俺の心なんだが……」
「すごい自信だ……。やる気と自信を結び付ける方法があるの? 僕はそれが知りたいんだよ」
「うーん?」
「僕は、これはできると思っても、できなかったことが多くてね。やる気があっても自信を持てないから結局失敗するのだと思う」
「やる気と自信を結び付ける方法?」
安藤の問いに俺は首を傾げた。
俺は自信家だと思われているのか?
そんなわけなかった。
俺は賞状やトロフィーをたくさん貰っていた。でも常に自信があったから成功してきたわけじゃない。やってる途中でこれは無理だろうって思ったことの方が多かったはずだ。
そんなやる気と自信のバランスが崩れ出した時、俺は――?
「やる気と自信をどうやって結び付けるか――」
「教えて!」
「教えよう。ケチくさいことは言わない」
「来た!」
「何かを始めようとする。できるかも、できないかもと頭で考える前に、まずやってみろ」
「わ、わかったよ。あれこれ頭で考える前に、まずやってみろ。手を動かせだね」
「そうだ。やってみた後、もしうまくいったら、自分の心にこう言え。これが魔法の言葉だ」
「う、うん」
「これからもよろしく――ってね」
「ううん?」
「理解しなくていいよ。いいか? 俺たちの中にはもう一人の自分が存在しているのだ。これを心と呼ぶ」
「い、いきなり難しくなったな」
「だから理解しなくていいよ。俺だって今自分が何を言っているのか理解できていない。俺の心が俺に言わせているのだ。これが安藤からの質問の答えだってね。そして安藤の心がそれを理解する」
「なんとなくわかったよ。心がやることを理解してくれる。後は心に従って手を動かすだけ」
「それだ。それでいいんだ。何をするかを決めるのはお前の頭で、それをどうやるのか決めるのはお前の心。どうすれば、うまくいくかどうかなんて頭でいちいち考えるな。やろうと思ってスタートラインに立てば、後はお前の心が考えて、体が自然と走り出す。それでゴールできたら、お前は心にこう言え。これからもよろしくって。その繰り返しだ。だからそれですべてうまくわけじゃないけど、まあまあうまくいく。俺がそれを証明しているだろう?」
俺は手に持っていた賞状を安藤に見せつけた。
「そうだね。松井君にできることは、僕にもできる」
「そうそう……ん?」
「そういうことか!」
「え? 何言ってんの?」
「僕の頭の中に言葉が次々浮かんでくるんだ。その中から一つ選べ。あとは僕の心がどうすればいのか考えて、自然と体が動く! 松井君。ありがとう。やる気と自信の結び付け方がよくわかったよ。じゃあ夏休み明けの二学期に会おう」
安藤は謎の自信を残して立ち去った。
「あいつ。なんかすげー失礼なこと言わなかったか?」
それからの俺は何かモヤモヤした気持ちが一日中消えなかった。
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