走馬とウォーター

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「走馬とウォーター」 そうラベルが貼られていた。誤字か。 「そうまとう」なら走る馬の灯り、なはずだ。 だがこの怪しいくらいのペットボトルに目を引かれた。 自販機に150円を入れた。これで漫画が買えなくなってしまったわけだ。 もう後戻りはできない。 チャリン。小銭が落ちた音がした。 ボタンに手を伸ばした。 ボタンは浅く、ピッと冷ややかに電子音が流れる。 ガタン…ゴトン。 受け取り口に手を入れた。 「冷たっ…!?」 思わず手を引っ込めてしまうほど冷たかった。 しゃがんでハンカチで手に持った。 取り出した物体は驚くほど透明感のあるサイダーであった。 少し青みがかかっている。 ラベルには「微炭酸」と記されていた。 キャップに手をおいた。キャップは思っていたよりも冷たくはなく、精一杯回すことができた。 シュワッ。 二酸化炭素が鼻に抜けた。 ラムネに似た匂いが当たりに飛び散った。 なんだろう、なぜこんなになつかしいのか。 呑み口を口に近づけた。 ゴクッ。 「っ…!?」 ラベルを見返す。だけどそこには「走馬とウォーター」と記されているだけだ。 ありえない。どうしてこの味が…。 もう一度口に含んだ。爽やかだけど癖のあるラムネの味。 少し抜けすぎた炭酸。 よく味わっていると少しシャーベット状になっている気もする。 この味は簡単に誰かが再現していいものではなかった。 「本当にこの食べ方が好きやねぇ」 頭の中で懐かしいあの声が響いた。 ーおばあちゃんー ああ、そうだ。そう、この味はおばあちゃんお手性の「ラムネシャーベット」の味だ。 市販のラムネ(もう販売されていない)をとかして、炭酸水に混ぜる。 そしてこれを冷蔵庫で丸一日冷やすのだ。 それを次の日かき氷機で削る。 もちろん「シャーベット」というほど立派なものではない。 だけど、おばあちゃんが作ってくれると自然に美味しく感じた。 炭酸は冷やすことで抜けてしまっているので、削った後炭酸水を少し掛ける。 パチパチ…と皿の中で始める音が、このペットボトルからもしていた。 どうして。もうあのラムネは打っていないはずなのに。 もう一度飲んだ。あのときと変わらない優しい爽やかな味だ。 半分ほど無くなったところでハンカチをペットボトルから離してみる。 もうそこまで冷たくはない。 ラベルをまんべんなく見た。 「あぁ、そうなんだ…」 そこに書いてあったのは非現実的なことだった……のになぜだか信じてしまった。 『走馬とウォーター。これはあなたの懐かしの味を飲むことができるものです。』 更によみ進める。 『飲める条件は、その味に関する人が一人死亡することです。その人が最もその味の思い出に残っていたあなたにこの味が伝わりました。ただし飲めるのはこのペットボトル一回きりです。どうぞ味わって昔の味をお楽しみください』 プルル…もらいたてのスマホがポケットの中でなった。 『母』からだ。電話に出なくても内容はわかった。 「ラムネシャーベット」味の走馬とウォーターをもち、空を見上げた。 「おばあちゃん、大好きだよ…ありがとう」 走馬とウォーターの中身が静かに揺れた。 完 
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