サンクチュアリ

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「快速マリンライナー、岡山行き。本日のご乗車、ありがとうございます」  いきなり予期せぬアナウンスが入る。  それはリアルで。あまりにもリアルな肉声で。温厚なベテラン車掌の落ち着いた声が。光につつまれた列車の車内に、くっきりとした音の波として、おれと野添の耳まではっきり届いた。 「現在、この列車は坂出駅を出発し、ただいま瀬戸大橋の南の起点を本州方面に走行しています。ご乗車のみなさま、これよりしばらく車内の窓より、瀬戸内海の雄大な景色をお楽しみください。車掌はわたくし、西野です。終点の岡山まで、わたくし西野がご案内いたします――」  快速マリンライナー。  坂出駅を出発。  岡山。  瀬戸大橋。  車掌の西野――  すべてがリアルだ。聞き違えようのない、とても確かな手ごたえのある言葉ばかりだ。  おれと野添は、思わず顔を見合わせた。  それから手と手を、深く、固く、しっかりと重ねた。  その感触の確かさを。ふたりの指で確かめあった。  何度も何度も、指に力をこめては、抜いた。そしてまた、力をこめて――  大丈夫。おれたちはここにいる。きみとおれは、ここにいる。  死んではいない。死んではいない。ここにいる。たしかに全部はここにある。  リアルだ。すべてが。  ここは天国なんかじゃない。どう考えてもそうじゃない。  絶対ここは、二人が知ってる―― 二人が以前に、それぞれ暮らした――  二人のいつもの日本だ、ここは。そうだ。そうだろう? そうだ。それしか考えられない。  タタン… タタン…   単調だがひどく心地よい、繰り返すノイズが心と体をあたためる。  朝の光は、くまなく車内のすべてを照らし出している。  大きな朝日が海の向こうに完全に姿を現した。  海はもう、本気で全部が輝いている。輝いている。  世界は光に包まれている。世界のすべてが、光の中で二人にむけて微笑んでいる。  その輝きの中、微笑みの中で。新しい朝の、確かな新たな白い光の中で。  二人をのせたマリンライナーは――  海の上をゆくその輝く列車は、光の中を。光の中を。  どこまでも北へ。北へ。対岸の、まだおれたちの知らないその新しい街にむかって。  いまもまだ走り続けていた。走り続けている。  まっすぐまっすぐ、輝きに満ちた海の上を。どこまでもまっすぐに。
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