4人が本棚に入れています
本棚に追加
「快速マリンライナー、岡山行き。本日のご乗車、ありがとうございます」
いきなり予期せぬアナウンスが入る。
それはリアルで。あまりにもリアルな肉声で。温厚なベテラン車掌の落ち着いた声が。光につつまれた列車の車内に、くっきりとした音の波として、おれと野添の耳まではっきり届いた。
「現在、この列車は坂出駅を出発し、ただいま瀬戸大橋の南の起点を本州方面に走行しています。ご乗車のみなさま、これよりしばらく車内の窓より、瀬戸内海の雄大な景色をお楽しみください。車掌はわたくし、西野です。終点の岡山まで、わたくし西野がご案内いたします――」
快速マリンライナー。
坂出駅を出発。
岡山。
瀬戸大橋。
車掌の西野――
すべてがリアルだ。聞き違えようのない、とても確かな手ごたえのある言葉ばかりだ。
おれと野添は、思わず顔を見合わせた。
それから手と手を、深く、固く、しっかりと重ねた。
その感触の確かさを。ふたりの指で確かめあった。
何度も何度も、指に力をこめては、抜いた。そしてまた、力をこめて――
大丈夫。おれたちはここにいる。きみとおれは、ここにいる。
死んではいない。死んではいない。ここにいる。たしかに全部はここにある。
リアルだ。すべてが。
ここは天国なんかじゃない。どう考えてもそうじゃない。
絶対ここは、二人が知ってる―― 二人が以前に、それぞれ暮らした――
二人のいつもの日本だ、ここは。そうだ。そうだろう? そうだ。それしか考えられない。
タタン… タタン…
単調だがひどく心地よい、繰り返すノイズが心と体をあたためる。
朝の光は、くまなく車内のすべてを照らし出している。
大きな朝日が海の向こうに完全に姿を現した。
海はもう、本気で全部が輝いている。輝いている。
世界は光に包まれている。世界のすべてが、光の中で二人にむけて微笑んでいる。
その輝きの中、微笑みの中で。新しい朝の、確かな新たな白い光の中で。
二人をのせたマリンライナーは――
海の上をゆくその輝く列車は、光の中を。光の中を。
どこまでも北へ。北へ。対岸の、まだおれたちの知らないその新しい街にむかって。
いまもまだ走り続けていた。走り続けている。
まっすぐまっすぐ、輝きに満ちた海の上を。どこまでもまっすぐに。
最初のコメントを投稿しよう!