4人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
時間はそこから巻き戻る。まず、おれがここに到着した経緯だ。
それが今から何日前だったのか。正確に言うことはできない。記憶がたしかであれば二か月くらいは超えている。だが、絶対にそうだとも言えない。記憶はなにしろ曖昧だ。記憶というものは、ここではあまり当てにならない。
最初におれが見たのは、自分の二つの足が踏む白砂だ。そこからゆっくり視線を上げる。白砂のビーチと、向こうには松林。ビーチに沿って長く続く緑濃い緑の松林の上には、くっきり青い夏の空があった。
こんどは視線を後ろに移す。そこにあるのは海だ。沖には、少し左手の位置に大きな島影がある。その島の左右、さらに遠くまで海が広がり、その果てには、うっすらと対岸の陸地が見えていた。
夏の強い日差しの下で白く光その海上には、船の姿は一隻もなかい。
足元に寄せる波は、ひたすら単調でおだやかだ。風はない。
ざん、ざん… 無限に繰り返す波音だけがここにある音だ。甘く湿った潮の香りが、肺の奥深くまで自然に入り込んでくる。
「けど… なんでだ…?」
ここがどこだか知らないが。
とにかく妙だ。理由がない。ここに今おれがいるべき理由が。
なぜなら。
おれの記憶が正しければ―― おれが今いるべき場所は中部地方の海なし県、そこの南部県境寄に位置する××市の郊外だ。水泳部の部活を終えて自転車で帰路についていた。交通量の多い田舎国道を音楽を聴きながらだらだらと流して、バイパスとの交差点を過ぎ、農業用のでかい溜池の横をさらに流して、そこからさらに――
そうだ。
自転車。部活の帰り。家に帰ったら冷蔵庫からアイスを取り出して――
とか。
そういう夏の日常に、おれは確かにいたはずだ。
だけど。それなのに。
これはなんだ?
どこだ、ここ?
ビーチ? 海…? いったいおれは――
最初のコメントを投稿しよう!