サンクチュアリ

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「あーッ!!」 「なッ…?」 「えーッ! ちょっとちょっとちょっと、なんでなんでなんでなんでなんで??」  声が飛んできた。  ふりむくと視界に誰かいる。距離はここからニ十歩くらい。  ワンピースっぽい白のサマードレスの下から見える白い足。  女性だ。年は――   おそらくおれに、だいぶ近い。  高校生か中学生か。ともかく十代の女子の範疇には確実に入ってくるだろう。明るい茶色がかったボリュームある髪は、肩より少し長い。背はあまり高くないのだが、ほっそりした立ち姿はバランスがよく、小柄という感じにも見えない。袖のない白の服から、ほそく形のよい二本の腕がまっすぐのびている。  彼女の明るい茶色の瞳は、驚きをこめて見開かれ。その目が見ているのは、間違いなくおれだ。 「人、人、人、ヒトなの?? ちょっとほんとにヒトなんですかッ??」  ものすごい勢いで砂を蹴り。  猛烈な勢いでこっちにかけてくる。 「わーッ! ちょっとなにこの、広い肩!」  おれの至近。60センチの距離。  そこからおれを見上げ、彼女が、その子が―― 「背、高ッ! 筋肉すごいじゃないですか! なんでそんな鍛えてるの? 水泳の人? スイマーの人ですか? そうなんですか??」  ペタペタペタペタ、おれの肩を無断で手のひらで、叩きまわり―― 「ッ! 近いわ! なんなんだきみは!」  反射的に彼女の肩を押しやり、砂の上を何歩か後退する。思考がようやく追いついてきて―― ようやくおれは自覚する。今なぜかおれは、水着だ。部活で着てるスイム用のぴっちぴっちのハーフスパッツ。それしか着てない! 「わぁ、でも、すごいすごい。ほんとにヒトだ。ヒトだ。どうやってきたんですか? どうやってここに? ねえねえねえ?」  まったくこりずにハイテンションで食いついてくる彼女を。  あらためておれは、近くから直視する。  ワンピースタイプの、無地のコットンホワイトのスカートドレス。とてもよく似合っているし美しい服だと素直に思う。あまり自分の身近で、リアルで誰かがこういうのを着ているのをおれは以前に見たことがない。何となくデザインにはあこがれるが、実際には着ない服という感じか。しかし彼女は実際に着ている。リアルにそれを近くで見ると、何だか胸が苦しくなった。それはおれの普段の日常には、とうていありようもなかい美しいもので――   茶色がかったボリュームある髪。くるくるとあちこちで巻き毛っぽく上や左右に踊る、ややまとまりを欠くその髪は、その子の奔放な性格そのものを表しているようにおれには思えた―― ま、あくまで第一印象だが。 「あ~、ごめんなさいごめんなさい。ちょっとあれですね? テンション高すぎて、引かれちゃいました? でもでも。だってだってだって。ほんとに久しぶりだから。誰か新しいヒトがここにくるとか。ほんとに歴史的な一大事すぎて――」  その子は膝丈くらいの白のスカートをわさわさ揺らしながら、一度は離れた距離を、また大胆につめてきた。足元にはベージュ系の、ストラップだけでできてるような夏用サンダルを履いて。あとは何も―― 髪にも首にも手首にも、アクセサリーらしいものは着けてない。 「おい、ちょっと待ってくれ。とりあえず落ち着け。落ち着いて聞いてくれ」 「はいはい。落ち着きますよ~ 落ち着きます!」 「まずもってここはどこだ? なぜおれはここにいる? なぜそして水着だ、おれは? そして誰だ、きみは? とりあえず言ってくれ。どういうことなんだこれは?」 「ん~、えっと。質問多すぎて、なんか、あれですけど。まあでも、水着は、いいんじゃないでしょうか。夏だし。ビーチだし。体格もいいし、ぜんぜん変じゃないですから」 「いや。そういう問題じゃない。そうじゃなく、なぜおれは――」  なんだか急にめまいがした。この今の新しい現実に、理解がまったく追いついてこない。すわると、熱い砂がおれの尻の下にある。足裏にも真夏の砂の熱を感じる。リアルだ。リアルな熱さだこれは。夢などではない。 「えっと。どうしました? 大丈夫? 熱射病、ですか?」  心配そうに彼女が上からおれを見下ろした。夏の太陽が彼女の真上で輝き、逆光で顔がよく見えない。彼女の背後の空を、何か海鳥の影が通過したようだ。 「いや、熱射とか、そういうのじゃない。ただ少し、混乱して―― いや、ともかく、」  おれは意識を落ち着けて。荒くなりかけた呼吸も整えて。次の言葉をそこに探す。いまここで、言うべき何かを。とりあえず―― 「とりあえず、服。服だ。さすがに水着はない」 「え? でもでも。ビーチで水着は普通では?」 「そうじゃなく。いわゆるその―― 公衆の面前ってやつだろ。そもそもここは部活でもない。プールでもない。ともかく―― えっと。君はなにか上着とか、持っていないか?」 「上着ですか。ん、ないですね~。あ、でもでも。それだったら。あそこの国道にあるレまむらに行けば、きっとたぶん、いろいろあると思いますよ~?」 「あるのか、レまむら?」 「はい。歩いてここから5分くらい、かな?」 「いや、だが――」  自分はそこで、ようやく気付く。  まずい。金がない。バックパックがない。自転車のカゴに積んでいた、財布の入ったバックパックが。したがって服を買うにも金がない。 「よければ、いまから案内しますよ? レまむら?」  彼女が無邪気に声をおとす。砂の上に座り込むおれの、肩の上から。 「いや。しかし――」 「心配しなくてもいいですよ。どうせ誰もいませんし。自由に何でも選べますよ?」 「…なに? 誰もいない?」 「はい。あそこのレまむらは無人です。自由に服も選べるし。お金もとくに、払わなくても」 「無人? 選べる…?」  意味がわからない。無人のレまむら? おれは何かいま、言葉を聞き違えたのだろうか?
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