サンクチュアリ

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 国道、と彼女が言ったその道は、たしかにどこにでもある田舎国道の外見を完璧にそなえていた。追い越し禁止の黄色のセンターライン、道の両側には幅が狭いながらも歩道が整備され―― 歩道には等間隔にありきたりで平凡な街路灯がならび、そして国道を渡った向こうには、そこから始まる坂にそって、ありきたりな新興住宅街が始まっていた。国道の右手を見ると、道はゆるやかに左カーブを描きながら二つの低い緑の丘の間を割ってのぼっていく。その少し先には、おそらく病院か何かだろう、白っぽい大きな建物も見えていた。 「こっちです、レまむら。」  その子が、そっちとは逆の左手の方向を指さした。そちら方面の国道沿いには、個人経営のうどん屋や、何かの事業所めいた建物、無人の精米所、そのほか広めの個人の住宅など、雑多なものが建ち並んでいる。  だけどまた―― さっきから感じている違和感が、またいっそう強くなる。  ここは一体、どうなっている? なぜこんなにも、動きがないのか。なぜこんなにも外を歩く人を見ないのか。そもそも国道なのに、交通量がゼロなのが気になる。さすがにあまりに静かすぎる。  湧いてくる疑問を、直接彼女にぶつけてみようかと。おれが口を開こうとしたそのとき。 「ファションセンター レまむら」  歩道の先に、赤地に白文字の見慣れた店の看板が見えてきた。  おれ地元の町にも―― いや、おそらく日本全国どこでも出店している全国チェーンの有名店だ。それほど豪華とも言えないシンプルな造りの四角い箱のようなガラス張りの店舗が、広い駐車場の奥にある。わりと安めの値段で、おもにレディース服を売っている店だとおれ自身は認識している(誤解であればすまない)。地元で何度もこの店の前を通ったことはあるが、じっさい自分で入ってみたことはない。  夏の午後の広々とした駐車場には、隅のほうに車が四台止まっているのみ。ここまで裸足で歩いてきて、いいかげん焼けたアスファルトにかかとがひりひり痛くてしょうがない。本来ならば上半身裸のスイムスーツで入店というバカバカしい暴挙に、ためらう気持ちが勝ちそうだが――  しかし今この時点では、はやく店内の冷たい床を踏みたいと。そちらの衝動が勝っていた。  その子に続いて覚悟を決めて踏み込んだ店内は、クーラーが最高にきいて気持ちよかった。素足に冷たいタイル床を感じて、おれはホッと息をつく。  彼女の言ったとおり、見た感じ、店中には店員の姿はなかった。入ってすぐ右側のレジカウンターには誰もおらず、「いらっしゃいませ」の声は響いてこない。 「あっちです、紳士服」  勝手知ったる感じで通路を進みながら、彼女がこっちをふりかえる。  どうやら店員に水着姿を見られる最悪の事態はさけられたが。だがやはり、この薄着(?)でクーラーのきいた店の奥へ踏み込んでいくのは、少しまだためらわれた。  そもそもなぜ、店員がいない? ここの状況がつかめない。  彼女にせかされるままに店の奥の紳士服コーナーに立ったおれは、そこにかかった多数の服の中から、サイズ的に着れそうな、ややオーバーサイズ気味のホワイトグレーのシャツを手に取る。  こっちも似合いそうですよ? などと言って、その子が別の服をすすめてくるのだが―― どれもこれも、派手なアロハ系のものばかりでおれの趣味ではなかった。よくわからんが―― どうもこの女の子とは、服の趣味に関してはあまり合わなそうだ… などと、服を選びながら、どうでもいい感想が頭に浮かんだ。
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