サンクチュアリ

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 夢のない短い眠りからとつぜん現実に戻された。  一瞬自分がどこにいるかわからない。どこだここ?  おれは固いコンクリートの上、そこに敷かれた毛布の上にいる。  ふと目をあげると、そばのベンチで野添が寝ていた。  ああそうか。駅だ、ここは。おれたちは今夜、ここのホームで夜を明かし――  少し離れたベンチの上では、深くもたれて座った姿勢で槙島スグリが浅く眠りについている。    いま何時頃だ?    いきなり目がさえて、眠気をいっさい感じなかった。眠りの底から、途中の仮定をいっさいとばしていきなり覚醒の中枢におりてきた感じだ。  おれは足元においたバッグの中からミネラルウォーターのボトルを出して、喉をならして半分ほど飲んだ。古びた待合所の天井には古ぼけた照明がぽつんと黄色くともってる。その照明がつくりだす小さな光の円の外には、どこまでも深い闇がある。星は見えない。寝ている間に雲が出たのか。おそらくコオロギの親戚の、名前も知らない夜の虫が草のあいだで鳴いている。ときどき思い出したように、グワォ、と低い声でカエルが鳴いた。  それ以外には音はない。風もない。駅をとりまく闇の中では何千何万というひまわりたちが頭をたれているはずだったが―― いまここからは、花たちの形を見分けることもできない。すべてが闇にとけている。すべてが夜に包まれている。  そしてそのとき。  闇の向こうで、ジイイィィ…という電子音のようなものが、かすかに小さく鳴った気がした。それはまるでどこか遠くの畑の中に捨てらた古いテレビがこっそり光をともしたみたいに―― とてもかすかに、おれの鼓膜を微妙にゆらせた。なんだ。なんの音だ…?  それに続いて――  新たな音が唐突にやってきた。それはさきほどのかすかな音とまるで違って、聞き違いようのない大音響で。その音が、夜の世界を鋭く激しく切り裂いた。  カン、カン、カン、カン…  来た! これこそ、おれたちがここで待っていたものだ。 「おい! 起きろ野添! 槙島もだ! 来たぞ!」 おれは叫んで、野添の肩をはげしくゆすった。ようやく起きてきた野添は鈍い動作で目をこすり、んんん、朝なの? と、とぼけた言葉を口にした。 「…来たのね?」  槙島スグリは、はるかにすばやく目をさまし、ホームの向こうで赤くまたたく踏切の方を鋭い視線でにらんだ。 「で、停まるの、ここに? 本当に?」  スグリがこっちに視線を投げた。  おれはあわててバッグの中を両手であさり、目的のものを引っ張りだしながら、 「いや。ここにはあれは止まらない。通過列車だからな」と。スグリを見ずに言葉を返した。  ほんとを言えば―― 夕方ここについた時点のおれの最初のプランでは。ごく単純に、踏切にある「緊急停止」のボタンを、そのときぽちっと押すだけで。いっさいリスクはなく列車を停止させられだろうと、簡単に考えていた。  けど。なかった。それは。  駅の近くの踏切には、型があまりに古すぎるのか―― それとも他の何かの理由か。普通ならどこの踏切にもありそうな、列車に知らせる緊急停止のボタンが、どこにもついていなかった。  まあしかし。そういう可能性もゼロではないと考えて。念のため持ってきたのが、この高出力の―― 二つのフラッシュライトだ。 「ちょっと! あなた! なにしてるの!」 「え?? 待って待って古瀬くん??」  野添とスグリが、同時に鋭く声をあげた。
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