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「えっと…。冗談、だよな? あるいは勘違いとか?」
「ん~。まあでも、一年とかよりは、ずっと長いと思いますよ? わたしずっとここにいますし」
そう返したその子の口調は、きわめて自然でさりげなかった。まるでそれは、「わたし去年からあのロックバンドにハマってます」とか、「最近三か月くらいはテーマパークとか行ってないですね~」とか。その程度の日常情報を相手に告げるのと変わらない。
その一瞬、おれの心に浮かんだのは――
この子ははたして、まともなのか? ということだ。
にこやかに可愛げに話す彼女の―― おれからは直接見えないその脳内は、はたして正常に機能してるのか? なにかとんでもない妄想や、ありえない空想を、嬉々としてこの子はおれに話しているのではないか…? そんな疑念が一度に湧いて押し寄せる。
「あ~。なんですかそれ~。いまあなた、アタマが残念な子を見る目でこっちを見ましたね?」
「い、いや、そんなことは――」
「もう。嘘ついてもダメですよ? いまさっきのあの目は、60キロぐらい遠くのヤバいものを見る目でしたからね?」
その子が形のよい細い眉毛をつりあげて、むくれた顔をつくって見せた。言われたことが図星すぎて、おれは返す言葉もない。
「まあでも。しょうがないか。誰だって信じないですよね、こんな話」
その子が言って、ずっと座っていた陳列チェストの上から、小気良い着地音を響かせて床の上に飛び下りた。
「まあでも。そろそろ行きませんか? わたしちょっと、アイス食べたくなってきたかも」
「アイス…?」
おれは返答につまり、彼女の無邪気そうな顔を見返すしかない。
「ほらほら。ここってクーラー、ガンガンにきいてるし。あんまり長く裸だと、風邪ひいちゃいますよ? はやくそれ、着ちゃってください」
「あ、ああ、そうだな――」
その時点でおれは、まだ何も着ずにスイムスーツでその子と会話し続けていたというマヌケな事実に気付く。とっさにTシャツをアタマからかぶったが、首のうしろのタグがついたままだった。
「なあこれ、ハサミとか、なんかないか? タグが邪魔で――」
「じゃ、ちょっとかがんでください」
「かがむ?」
「いいからそこで。体、低くして」
うながされるままに、おれは姿勢を低くして片方の膝をつく。その子がうしろにまわっておれの首に顔を近づける。何をするのかと疑問に思っていると、「ブチッ」と軽い音がした。
「はいこれ。とれましたよタグ?」
その子がにっこりとおれに差し出したのは、サイズ表示のタグだった。
今のそれは、噛み切った… のか…?
差し出されたタグを思わず受けとったものの、ひょっとしてその子の唾液がついてるんじゃないかと―― 一瞬動揺した。が、特に別にタグがしめっているというようなこともなかった。安心したような、がっかりしたような… おいおい。おれはいったい何を考えている…?
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