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「…んん――」
深い吐息を吐きながら。
彼女がふたたび、目を開ける。
「…古瀬… くん…?」
彼女がうっすら目をあけた。いかにも今でも眠そうに、大きな茶色のきれいな瞳で、とても近い距離からまっすぐおれの目の奥を見た。視線と視線が、ほぼゼロの距離でぶつかった。
「野添… なのか? 本当に?」
「古瀬くん? だよね? …じゃあ、本当に――」
彼女がおれから視線をはずし。それから周囲を。静かな早朝の気配につつまれた真新しい列車の車内に、あちこち、きょろきょろ、目を走らせた。
「じゃ、出れたのね? ほんとに外に? 出たのね、どこかに?」
「ああ。出た、らしい。どこかは、いまいち、わからないけど――」
心からの安堵の息を。こっそり深く、その場で吐いた。そのあとおれと野添は、窓にぴったり顔をよせて―― 外を流れていく青の景色に無言でじっと見入った。列車は今、港湾地帯の高架の上をなめらかに走り―― そして高架のままで、いきなり海の上に出た。
橋…なのか?
それはだけど、過去におれが見てきたどんな大きな長い橋よりもはるかに巨大で。まるで海上にかかった天国の橋のようにどこまでも海に向かってぐんぐんのびていく。広い海が、どんどんひらけて。空がひらけて。視界もぐんぐん広くなり――
やがて光が。
海のかなたの青の底に、光がひとつ小さくともった。光はみるみる光度と強さをまして、世界の青を打ち消して――
海のすべてが、輝きはじめた。
白くまぶしく、きらきらきらきら輝いて。
まぶしく光る波のかけら。まぶしくきらめく波しぶき。
数えきれない波が、どこまでも海がつづくかぎり視界の果てまで輝いて。
ここはどこだろう?
天国だろうか。そうなのだろうか?
天国の夜明けを、おれと野添は、見てるのだろうか?
朝日はぐんぐん上昇し。もうすでに半分以上、海の上に姿を見せていた。そしてその朝の太陽が、海の上に散らばった小さな島々を、白い光で満たし始めた。その新しい白い光は、窓からあふれて注ぎこみ、列車の中まで朝のすがすがしい白さに全部が光り輝いて。おれも彼女も―― すべてが光に包まれた。
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