アモの記憶

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アモの記憶

シオ派遣団がこの惑星に降り立った時。 迎え入れたイー人たちと友好関係を築くなど、簡単に思われた。 しかし、彼らと地球人とでは、言語の違い以上の大きな問題があった。 記憶体系が異なるのだ。 彼らはエピソード記憶を持たない。 文明を築く知性を持っているのに、彼らは、思い出というものを理解しないのだ。 このままでは、長期的なコミュニケーションが成り立たない。 なんとか価値を共有しようと、派遣団の技術者たちが編み出したのが、外付けの記憶装置、アモ(ホーン)だ。 海馬の名をつけられたその機械を頭部に装着することで、イー人も、地球(アー)人が抱くような思い出を記憶することができる。 今、アー人と生活を共にするイー人は、皆等しくアモ(ホーン)をつけている。 リャカェも、ハシュロゥも。 一方で、幼少期からアー人と同じ記憶体系を持つ彼らは、アモ(ホーン)をつけないイー人の価値が分からない。 先祖の考えが理解できないのだ。 まるで異なる種族。 違う世界の住人。 「私たちを分断したんだ。  種族を割った。  あいつらの勝手な都合のために」 祭りの支度を見下ろしながら、ハシュロゥは吐き出す。 「だからハシュロゥは、  キルエにつらく当たるの」 「父さんも、母さんも、  私を覚えていないんだ。  正確には、覚えてはいるけれど、  なんの思い入れもない。  何も語らないんだ。  それが本来のイー人だと言う。  これのせいで、自分の種族が理解できない」 耳の上に載せた1対のデバイス。 これが、自分をイー人でなくしてしまった。 「それなら、  これを外してもいいんだって、  言われた。  植え付けられた思い出という価値など捨て、  家族のもとに帰ってもいいって」 「…誰に?」 「アルナ・シオに。  去年。  18歳になったマオ=イァリの祭りの後に」 シオ派遣団の技術部長にして、団長エドルド・シオの妻。 キルエの母だ。 「でも、私には捨てられなかった…  外した自分がどうなるのかも、  分からない。  何を、どれだけ覚えていられるのか、  何を失うのかも分からないんだ」 リャカェは、自分の角に触れる。 これを外すことなど、やはり考えたこともない。 もう、遅いのだ。 すでに変えられてしまった。 「こんな世界を知らなければよかった」 リャカェの首の、偶像を睨む。 「大切な思い出などなく、  全て等しく平らな、  遺伝子記憶だけでいられたら、  イー人としての自分に迷うことなどなかった」 だからアー人を憎むのか。 自分に智慧を授け、神を捨てさせた彼らを。 「キルエと一緒に、  マオ=ワィミェを見ようよ」 「私は…」 「私ももう、信じてはいない」 その偶像に口付けする虚しさを、すでに授けられてしまった。 「ただ一緒に見たいだけ」 毎年一緒に、空を見上げてきた。 満天の星空を流れる無数の光の筋。 歓声を上げ。 笑い合い。 願い事を叫び。 やがて疲れて眠り。 一緒の夢を見る。 ハシュロゥも、その思い出を、捨てられなかったのだろう。 どれほど、アー人を憎んだとしても。
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