21人が本棚に入れています
本棚に追加
アルバイト
朝。いつものように朝食を終えた後のことだった。食器を片付けたルイがユーシーの頬にキスをひとつして仕事部屋に向かおうとしたところで、ユーシーがルイを見上げて口を開いた。
「ルイは、ルーの仕事があるんだろ。俺も何か仕事したい」
「仕事、か」
ユーシーの琥珀色の視線を受け止めたルイは顎を擦って考えているようだった。
香港では仕事がない日でも地下闘技場という楽しみがあったが、こちらではそうもいかない。このお上品な街には地下闘技場なんてものはなく、上品なカフェやマルシェがあるばかりだった。
アダムと勉強するのもトレーニングするのも悪くないが、それだけではユーシーには物足りなかった。
ユーシーの本能は、刺激を求めていた。家にいるばかりでは退屈で、退屈な時間はろくなことを考えられない。
「ユーシー、退屈なら、私と一緒に来ませんか」
「アダムと?」
アダムからそんな声がかかるとは思わず、ユーシーは咄嗟にアダムを見た。
「ええ。まあ、アルバイトのようなものですが」
ユーシーの視線を受け止め薄い笑みを浮かべるアダムは、その視線をルイへと向けた。
「ルイ、いいですか?」
「うん」
渋るかと思っていたユーシーだったが、ルイはすんなり了承した。
「行っておいで、ユーシー」
ルイが柔らかく微笑む。ルイがそう言うなら、大丈夫なのだろう。
こうしてルイの公認のもと、ユーシーはアダムとともにアルバイトのようなものを始めることになった。
アダムの運転する車でユーシーが連れて行かれたのは、ルイの家からさらに郊外へ行ったところにある一軒家だった。
古びてはいるが雰囲気のある、昔ながらの家のようだった。ルイの家の周りにある家よりももう少し古そうだった。
「着きましたよ、ユーシー」
車の窓から見える家に夢中になっていたユーシーはアダムの声に促されて車を降りた。家の前の駐車場は車を止めてもまだ余裕がある広さだった。
見れば見るほど普通の家にしか見えない。アダムは何のアルバイトをしているのかと考えるが、答えは見つからない。
車から降り立ったユーシーを出迎えたのは緑の香りだった。ルイの家のある場所よりも緑が多い、のどかな場所だ。空も広い。
昼間とはいえ涼しくなった。ルイの家よりも心なしか涼しい。アダムもユーシーもTシャツにデニム、パーカーを羽織ったラフな格好だ。羽織ってきたパーカーだけでは心許なくて、ユーシーは思わず自分を抱くようにして腕をさすった。
アダムと二人並んで玄関先へやってくると、ドアの脇に据え付けられた呼び鈴をアダムが押した。
ドアが開き、出てきたのは三十代と思われる短い金髪の男だ。アダムよりは背の低いひょろりとした体躯の青年は、青い瞳にアダムを映すと柔らかく微笑んだ。
「元気そうで何よりだよ、アダム」
「お久しぶりです、エゼキエル」
親しげな二人が話すのは英語で、ユーシーは胸を撫で下ろす。フランス語はまだ少ししかわからない。読めはするが、書くのも話すのもまだ苦手だった。
エゼキエルと呼ばれた短髪の男は、カメラを首から下げていた。カメラマンでもやっているのだろうかとユーシーは思う。
アダムもユーシーも手ぶらだ。彼の家の掃除の手伝いでもするのだろうか。
「そちらは?」
「新しい家族のユーシーです。見学に」
「よろしく、ユーシー。僕はエゼキエル。カメラマンだ」
「よろしく……」
差し出された手を、ユーシーは躊躇いながら握る。
「じゃあ、案内するよ。ここは僕の自宅兼スタジオなんだ」
挨拶もそこそこに中へ通されたユーシーは、物珍しそうに家の中を眺めた。
家の中はリノベーションされ、近代的な内装になっていた。
廊下を抜けて通されたのは明るいサンルームのような部屋だ。白を基調にした部屋は、家具も淡い色で統一されている。リビングだろうか。大きな窓は庭に面しているが、庭の外周は背の高い塀と木々に囲まれていて他の景色は見えない。それでも庭を彩る木々や花は綺麗で、世界から切り離されたような美しい部屋だった。
「好きなところへ座って。飲み物を用意するよ」
エゼキエルは席へと案内してくれた。掃除のアルバイトではないのだろうか。
ユーシーは釈然としないまま庭の見える窓辺のソファに座った。
「アダム、これ、何の仕事?」
さすがに不安になって、ユーシーは向かいのソファに掛けたアダムに訊いた。いつまでももやもやと定まらない気持ちを抱えているのは嫌だった。
そんなユーシーにアダムから返ってきたのは思わぬ答えだった。
「モデルです」
「モデル?」
ユーシーにはアダムとモデルの仕事が繋がらなかった。
「アダムが?」
言われてみればアダムは見目も良いし背も高い。元殺し屋だと知らなければ、言われたらそうだと思ってしまいそうだった。
そんな話をしているうちに、飲み物を持ったエゼキエルがやってきた。
「アイスティーでよかった?」
テーブルの上にグラスに入ったアイスティーが置かれる。
「うん。ありがとう」
「ありがとうございます、エゼキエル」
「さっそくだけど、ユーシー、モデルをやってみる気はあるかい?」
「え」
ユーシーはグラスに伸ばしかけた手を止め、アダムとエゼキエルの顔を交互に見た。見学だけだと思っていたのに、まさか自分がモデルをするなんて考えもしなかった。
「見たところ、君は素敵な刺青を持ってる。細身だし、髪の毛も綺麗だ。顔立ちもいいし、何より、その目の色」
戸惑いを隠せないユーシーに、エゼキエルは随分と熱のこもった声で切々と語る。
「エゼキエル、ほどほどにしておかないとルイに怒られますよ」
「えっ」
静かなアダムの声に、エゼキエルは弾かれたようにアダムを見た。エゼキエルはルイのことを知っているようだった。
「ユーシーはルイの恋人です」
アダムの言葉にエゼキエルは慌ててユーシーを見た。
「そうだったのか、すまない」
申し訳なさそうにエゼキエルは眉を下げた。
ユーシーはさほど気にならなかったが、それよりも勝手に仕事を受けてしまっても良いのかどうかの方が気がかりだった。
「これ、ルイに聞いてからの方がいい?」
「いえ、貴方の判断で構いませんよ」
アダムがそう言ってくれるなら心強い。ユーシーの心はもう決まっていた。
「ん、やるよ、モデルの仕事」
「ありがとう。新しい役者を探してたんだ。契約書を用意する。少し待っていて」
役者。ユーシーが観る映画の中に出てくるのも役者だ。それとこのモデルの仕事はどう違うのだろう。
ユーシーの知らない世界だった。
足を踏み入れようとしている新たな世界に、ユーシーの鼓動は早まった。
アダムの衣装は細身のスーツに、赤のハイヒール。長身で細身のアダムの体型を引き立てる衣装だった。
着替えを終えたアダムは先ほどまで座っていた窓辺のソファに静かに戻ってきた。
ユーシーはアダムの雰囲気によく似合っていると思った。
「ユーシーはそのままでも素敵だけど、そうだな、これに着替えてくれるかい」
ユーシーが渡されたのはリネンの白いシャツと下着のようなものだった。
「着替えはそっちの部屋でできるよ」
エゼキエルの指先が示すのは、扉に隔てられた隣の部屋だった。
ユーシーは言われるまま隣の部屋で着替えをする。
渡されたのは、柔らかなリネンのシャツに、柔らかな素材でできた黒い下着だった。普段履くのとは違う、女物のような形をしている。撮影用の衣装なのだろうが、随分と際どい。
ルイに言ったらどんな顔をするだろう。
怒るだろうか。喜ぶだろうか。
ユーシーの言葉ひとつで表情を変えるルイを思い出して、ユーシーは思わず頬を緩めた。
着替えを終えたユーシーは、アダムとエゼキエルのいるリビングへと戻った。
「これでいい?」
「ふふ、素敵な刺青だね」
シルクの下着は両サイドを紐で結ぶ心許ないものだった。それに羽織るのはシャツだけ。ユーシーが着るには大きすぎるサイズで、裸になるよりもなんだか落ち着かない。
「ルイに叱られそうですね」
アダムに言われて、余計に意識してしまう。
肌が熱くなった気がして、ユーシーは俯いた。
「大丈夫ですよ。リラックスして」
アダムの手のひらが優しく髪を撫でてくれる。ユーシーはため息をひとつ吐いた。
二人の支度ができたところで、エゼキエルはユーシーとアダムの前に何やら書かれた紙を差し出した。
紙には簡単な絵と、短い説明が並んでいた。これから撮る写真の構図のようだった。
「これから、君たち二人は恋人同士のふりをしてもらうが、構わないかい?」
「ふり?」
「ああ。こういう……」
エゼキエルの指先が指し示す先には、密着する二人の絵と『柔らかい表情で親密そうに話をする二人』と書いてある。
「ふりだけど、ちゃんと恋人らしく振る舞ってくれよ?」
なんだか、ルイに叱られそうだ。ユーシーがアダムを見ると、アダムも同じことを思ったのだろう。眉を下げて苦笑いした。
「嫌なら断っていいんですよ、ユーシー」
「ん、やるよ」
ユーシーは薄く笑う。やってみたかった。それ以上はアダムも何も言わなかった。
二人の様子を見て、エゼキエルが口を開く。
「彼はモデルで、気高く、美しく、凛としている。タイトなスーツに赤いヒールがよく似合う。そんな彼がかわいい恋人と過ごす。彼の恋人は美しいタトゥーを纏う可愛らしいボーカリスト。普段は真面目で凛としているのに、休日はモデルの彼にべったり。そんな二人の、甘やかな休日の午後の物語だ。午後の日差しを浴びながら、二人は語らう。仕事の話、明日の過ごし方の相談、来週のバカンスの話。涼やかな銀色の瞳と、甘やかな金色の瞳が交わる。二人は微笑み合って、暖かな陽だまりの中で抱き合うんだ」
エゼキエルは二人の物語を話しながら、カットの説明をする。
「これ、エゼキエルが考えたの?」
「ああ。そうだよ」
こんな物語を考えられるなんて。ユーシーは映画を観るが、こんなふうに物語は思いつかない。
「すごいな」
思わず漏れたのは心からの賛辞の言葉だ。
エゼキエルは微笑むと、説明を続けた。
「このシーンが撮れたら、次はベッドルームだ」
ベッドルームと言われて心臓が小さく跳ねた。
エゼキエルの指先が示す先には構図を簡易的に描いた絵が見えた。
二人の人間がベッドの上で密着している。どちらがユーシーですどちらがアダムかわからないが、いつもルイとしていることと大して変わらないように見える。
それをアダムとするのだ。もちろんしているふりだが、ユーシーはなんだか妙に緊張した。
「夜更けの二人の、眠りにつく前の穏やかな時間。甘やかな言葉を交わして、お互いの体温を感じて眠る。かわいい彼はいつも先に眠ってしまう。モデルの彼はかわいい恋人の寝顔を眺めながら眠りにつくんだ」
エゼキエルの説明を聞きながら、ユーシーはルイと過ごす夜を思い出す。エゼキエルが知っているわけでもないのに、そわそわする。
「これもエゼキエルが?」
「うん」
「監督みたいだ」
「ふふ、そう言ってもらえて光栄だ」
エゼキエルの笑みはどこか誇らしげに見えた。
「ユーシー、深呼吸を」
リビングの、モダンなデザインのソファの上。深く腰掛けたアダムの脚を跨ぐように座ったユーシーは、うるさく鳴り響くばかりの鼓動に辟易しながら俯いた。
「うん」
アダムの優しい静かな声が聞こえて、言われるままに深呼吸を一回すると、うるさく鳴り響く鼓動が少しだけ静かになった。
「いい子ですね、では、私の目を見て」
「ん……」
おそるおそるアダムの瞳を覗き込む。淡いグレーのガラスのような澄んだ瞳が見える。冷たそうに見えるのに優しいアダムは、初めて会った時から、美しい目をしていると思っていた。
「緊張しますね。初めは誰でもそうですよ」
アダムが目を細めた。その美しい目は何もかもお見通しだ。
「ルイと同じようにとはいきませんが、今は私に委ねて、ユーシー」
穏やかな低音は甘やかにユーシーの鼓膜を揺らす。
言われるまま、ユーシーはアダムに身体を預けた。
シャッターの音が聞こえる。
布越しとはいえ、アダムの肌の温もりがわかる。うるさい鼓動も全部アダムに聞かれてしまいそうだった。
アダムとくっつくのも緊張しているユーシーを見かねて、アダムは優しくリードしてくれた。おかげで緊張も解けて、寝室のシーンを撮る頃にはエゼキエルから褒められるくらいだった。
無事に撮影を終え、着替えてリビングで一息つくと、エゼキエルは二人に温かいお茶を淹れてくれた。
「お疲れ様、アディ」
「アディ?」
「ここでの私の名前ですよ。さすがに本名を使うのはセキュリティ上よろしくないので」
「ユーシーも何か名前をつけようか」
エゼキエルの提案に、ユーシーは頷く。
「愛称はあるかい?」
「シャオユー。シャオは小さい、ユーは、雨っていう意味だよ」
「シャオユーか。うーん、それならプリュイはどうだろう。フランス語で、雨だ」
「ぷ……? 可愛すぎるよ。ユーでいい」
ユーシーは肩を竦めてみせた。
その日の撮影はそこでお開きになった。アルバイト代は手渡しで綺麗な白い封筒に入れて渡された。
「お疲れ様、ユー。これは君の初めてのお給料かな?」
「ん、ありがとう」
「予定が合ったらまたアディと来てくれると嬉しい。君とアディはいい刺激になってくれる」
「だそうですよ、ユー」
「ふふ、また来るよ」
二人がエゼキエルの家を出る頃には、陽は大きく西に傾いていた。
エゼキエルが撮った写真が思わぬ話題となったことを知らされたのは、その翌週のことだった。アダムから聞かされた話によると、SNSでアダムとユーシーが一緒に写った写真の反響が止まらないらしい。
エゼキエルには世界各地にファンがいて、エゼキエルは定期的に新しい写真を公開している。今まではサイトにひっそりとまとめていただけだったが、写真集にしてくれという声が多く、急遽写真集を作ることになったらしい。
エゼキエルの写真はニッチな層に受けが良いのだとアダムが言った。
エゼキエルから写真集の撮影スケジュールが届いたのはその翌日のことだった。
「また撮影?」
「ええ。写真集を出すそうで」
「写真集?」
それにはルイも興味があるようだった。
「今度の撮影は僕も行くよ」
そして、撮影にはルイも同席することになった。心強いような、見られたくないような、複雑な気分だった。
アダムと、密着したところを見られるのだろうか。ルイはやきもちを妬かないのか。ユーシーの頭の中にはそんなことがぐるぐると巡っていた。
そして当日。
丸一日、アダムと一緒にエゼキエルのカメラを向けられた。衣装は前回と同じだった。今回はそれにルイの視線が加わる。
何をしていてもルイの視線を感じる。時々追うと、その先には柔らかな笑みが見えた。
「この間よりもいい顔をするようになったね」
エゼキエルに褒められた。
心地好い緊張感の中、撮影は進んだ。
不思議な世界だった。
虚構を、本物みたいにする魔法みたいだとユーシーは思う。
映画は動くけれど、写真は動かない。なのに、エゼキエルの写真には確かに、息遣いや温度や声までも聞こえてくるように思えた。
「疲れた……」
「お疲れ様、ユーシー」
ルイに寄り添われソファに掛けると、片付けを終えたエゼキエルが飲み物とともにパソコンとタブレットを持ってきた。
「お疲れ様、ユー、ルイ。これが今日の写真だ」
ユーシーは隣にいるルイとともに渡されたタブレットの画面に表示される写真を眺める。
画面いっぱいに映るのは、ユーシーとアダムが映った写真だった。
「ピックアップはしてあるから、好きな写真があったら教えて。こうすると写真が変わるよ」
エゼキエルの指先が横向きに画面を撫でると、写真が切り替わった。
ユーシーは指先で画面を撫でる。自分の写真などほとんど見たことがなかったユーシーには新鮮だった。自分はこんな顔をしているのか。鏡で見るのとはまた少し違う自分の顔に、自分じゃないみたいだと思いながら眺める。ルイは静かに隣にいた。
「お疲れ様、アディ」
「お疲れ様でした。確認ですか」
顔を上げると、着替えを終えたアダムが戻ってきたところだった。
「アダム」
「お疲れ様です、ユーシー」
「お疲れ様」
「二人とも、素敵な写真だね」
「エゼキエルのおかげです」
「そう言ってもらえて光栄だ。ユーシーが来てくれたおかげで新しいインスピレーションが湧いた。礼を言うよ、ユーシー」
エゼキエルの言葉がユーシーの胸を優しくくすぐった。ユーシーは曖昧に微笑む。こんなとき、何と言えばいいのかわからないでいると、ルイがそっと手を握ってくれた。
「俺も、嬉しい」
ユーシーが躊躇いがちに口にした言葉に、エゼキエルは静かに微笑んだ。
「エゼキエル、写真集ができたらディアーナにあげたいんだけど」
「ディアーナ?」
「この刺青を彫った人」
皆が褒めてくれるユーシーの刺青は、ディアーナの作品だ。せっかくだから、ディアーナにも見せてやりたいと思った。
「構わないよ。送り先を教えてくれるかい。完成したらユーシーの名義で送るよ」
「ありがとう」
送り先をエゼキエルに伝え、撮影は無事に終わった。
それから一ヵ月。
「ユーシー、届きましたよ」
ユーシーのもとに小さな荷物が届いた。中身は写真集が二冊。アダムの分と、ユーシーの分だ。
一冊受け取ったユーシーは足早に部屋に戻った。
日暮れの近い部屋、ベッドに座ってぱらぱらとページをめくる。
不思議だ。自分の写真なのに、誰かから見た自分の姿は自分じゃないみたいだ。
紙に印刷された自分の姿を見て鼓動が早まり、自然と頬が熱くなる。
不意にドアがノックされ、ユーシーは顔を上げた。
「どうぞ」
ドアが開いてルイが入ってきた。
「写真集、届いたんだね」
「うん」
「僕にも見せて」
「いいよ」
答えたユーシーは、隣に座ったルイの膝の上に乗せられる。まるで絵本を読んでもらう子供みたいだと思う。
ユーシーの膝の上の乗せられた写真集のページを、ルイの指先がゆっくりとめくる。
「素敵だよ、ユーシー」
嬉しそうなルイの声が耳元に響く。ルイにアダムとの絡みを見られるのは妙な恥ずかしさがあった。
「少し緊張してる」
ルイの指先が、紙面のユーシーの頬を撫でる。
「わかるの?」
「わかるよ。ユーシーのことはずっと見てるから」
ベッドで撮った写真は上半身は基本的裸、下半身にはサイドを紐で結んだだけの心許ない下着のみ。裸でいるよりも恥ずかしかった。思い出して、顔が熱くなる。ルイとは散々裸で抱き合ってきたのに、慣れないものを身につけた姿を見られるのは少し恥ずかしかった。
「やきもち、妬いたりしないの?」
あれから、ルイは特段やきもちを妬いたような素振りは見せない。ユーシーにはそれが少しだけ寂しかった。
これが仕事だと割り切っているからなのだろう。
ユーシーが口を噤んで俯くと、ルイの手のひらが優しく頬に触れた。
「ユーシーは僕の恋人だし、僕以外とはこういうことをしないって知ってるけど、これは少し妬くかな」
ひどく優しい声に、ユーシーは思わず顔を上げた。その事実だけで、胸が満たされていく。
「僕は君を信頼してる。だけど、君のことは誰にも触れさせたくないし見せたくない」
「ルイ」
「ユーシー、愛してるよ」
愛を囁く唇がユーシーのこめかみに触れた。
「ん」
ルイはちゃんと愛を言葉にして伝えてくれる。ルイの唇が優しく言葉を紡ぐと、ユーシーの胸は甘く満たされる。
「そうだ、これ」
「っ、ルイ、それ」
ルイがどこからか取り出したのは、黒いレースをあしらった布面積の少ない下着。撮影でユーシーが身につけたものだった。有名なランジェリーデザイナーのデザインだとエゼキエルが言っていたのを思い出す。
「エゼキエルに頼んで、買い取らせてもらったんだ」
ルイの手のひらに乗ったそれは、なんだか自分が身につけたものよりも小さい気がした。
「うわ、変態……」
「よく似合ってたから、つい」
ユーシーの口から零れた言葉に肩を竦めてみせたルイの指先が、柔らかな生地をそっと掬うように優しく持ち上げる。溶け落ちそうな柔らかな生地の感触は、ユーシーもまだ覚えている。
「ユーシー、つけてみせて」
「……ッ」
ユーシーの頬に熱が集まる。
まさか言われるとは思わなかった。ルイが持ってきた時点でそうなのは確実だとわかっていたのに、そうやって言葉にされると恥ずかしさが増す。ルイはきっとそれにも気がついている。
「それとも、僕がつけてあげようか?」
「ルイが、つけてよ」
ルイは甘やかに微笑んだ。
「じゃあ、シャワーを浴びようか」
「仕事は?」
まだ、日が暮れる前だ。いつもな仕事をしている時間なのに、いいのだろうか。
「今日はもうおしまいだよ」
ルイはその一言でユーシーの気掛かりを片付けると、ユーシーの華奢な身体を抱き上げて楽しげに笑いを零した。
ルイの部屋に連れて行かれたユーシーはルイの手で身体を清められ後孔の支度をされた。ルイは嬉々としてユーシーの世話を焼いた。
支度を終えたユーシーは綺麗に拭き上げられ、ふたたびルイの腕に抱かれてベッドへと運ばれた。
ユーシーはベッドの上に座ったルイに向かい合うように膝立ちになる。素肌に馴染みのない滑らかな感触が触れて、ユーシーは咄嗟に息を詰めた。
強張るユーシーを宥めながら、ルイは楽しげに裸のユーシーに下着をつけていく。腰骨のあたりで紐を蝶結びにすると、それはようやく下着らしくなる。それまではレースの端切れかと思うような、布面積が少なくて長い紐のついた何かでしかなかった。
黒いシルク製の下着は、白いユーシーの肌によく馴染んだ。黒一色で描かれた刺青の柄とも相俟って、元からユーシーのためにあつらえられたのかと思うほどだった。
「ぅ、あ、ルイ……」
ルイの手で下着をつけられるだけで、ユーシーの身体は素直すぎるくるいにはしたなく反応してしまう。
「ふふ、撮影の時は大丈夫だったのにね」
すでに兆した性器は頭をもたげて、下着に収めることは叶わなかった。すっかり勃ち上がった性器ははみ出し、生地の下に幹の根本の膨らみを辛うじて収めているだけだった。
「……ルイだからだよ」
ユーシーが消え入りそうな声で言う。羞恥がユーシーの肌を熱で染めて、白い肌にはうっすらと朱が差す。
「よく似合うよ、ユーシー」
ルイの言葉に、ユーシーは俯く。
「恥ずかしい……」
「ふふ、そんな姿もかわいいよ」
ルイの声は楽しげだった。
「っあ、だめ、だっ、て」
「どうして? ユーシーのここは喜んでるよ」
ルイの唇が、ユーシーを揶揄うように幹を伝い降りる。かと思えば熱くぬめる舌に撫で上げられてユーシーは腰を震わせた。
逃げ腰のユーシーはぺたんとベッドの上に座り込んでしまう。
自分ばかりこんなにとろとろにして、涼しい顔をしているルイを憎らしく思う。なのに憎めないのはルイに触れられるのは全部気持ちがいいからだ。
「ルイ……」
ルイの口ですっかり昂ったユーシーは、琥珀色の瞳を濡らして涼しげなアイスブルーを見上げた。
「したくない?」
「ん、やだ。したい」
ユーシーは子どものように首を横に振る。火のついた身体は、もうルイが欲しいと喉を鳴らしている。
「おいで。横になってしようか」
ルイの手に導かれてベッドに寝そべる。
緩やかに波打った真っ白いシーツの上に身体を委ねると、スプリングが優しくユーシーを受け止めてくれた。
ルイの大きな身体が、だらしなく投げ出された下肢の間に座る。そのまま身体を屈めたルイは何の躊躇いもなくユーシーの昂りを口に含んだ。
そのまま啜るように音を立てて吸われると、ユーシーの華奢な腰が跳ねた。
「んあ!」
優しく、いやらしく、濡れた音を立ててルイに花芯を舐られている。うっすら上気した頬に熱が集まる。
「あぅ、ルイ、きもちいい」
ユーシーの腹の奥で蟠る熱が暴れている。腰が勝手に揺れ、ユーシーは目元を赤くしてルイへと縋る視線を送る。
「あ、いく」
ルイの口に欲望を放つ。
呆気なく果てたユーシーは、華奢な太腿でルイの顔を挟む。
「は、ぁ」
何度も跳ね、脈打つ愛らしい性器はとぷとぷと熱い白濁を吐き出していた。
吐精が終わって芯の無くなったユーシーを最後に優しく吸い上げてルイは口を離した。
「ごちそうさま。美味しかったよ、ユーシー」
「……バカ」
ユーシーの愛らしい悪態にルイは笑みを返す。
「続き、してもいい?」
「ん、して」
ユーシーは目元を赤くして頷いた。もうルイが欲しくて仕方ない。ルイもそれには気づいているのだろう。ルイは身体を起こすと
期待にひくつく蕾を申し訳程度に覆うシルクの下着をずらして、ルイの怒張が押し当てられた。
蕾に密着する熱に、ユーシーは喉を鳴らす。
ユーシーの蕾はすでに色づき、戦慄いてルイを誘っていた。
「っあ、るい」
皺がなくなるくらい拡げられた蕾がルイの張り出した部分を飲み込む。
美しいレースが汚れるとか、気にしている余裕はなかった。
ゆっくりとルイが入ってくると、ユーシーの中は喜びに震えた。
「ふふ、いつもより甘えん坊だね」
ルイの言葉に、ユーシーは蕩けた瞳を向けるしかできない。
ルイを飲み込むのは気持ちいい。熱いものを腹へ迎え入れて、掻き回される快感を知ってしまったユーシーは、もう抗うことなどできなかった。
紐が解けてただのレースと紐になってしまった下着は、結局、ベッドの端の方にぐちゃぐちゃになって転がされた。
それを気にかける余裕はなく、ユーシーはルイの身体の下で甘く啼くばかりだった。
「ルーの仕事?」
寝そべるユーシーの隣で、ルイはパソコンのキーを叩いている。ユーシーが横顔を見上げると、ルイは眉を下げて苦笑いする。
「ルーじゃないとできない仕事はまだ多くてね。石油王ルーの僕は嫌い?」
ユーシーと話しているときはルイだ。ユーシーの知らないところで仕事をしているルイは、きっとルーの顔をしている。
ルイは大人だ。ユーシーも大人にならないといけない。
ユーシーは首を横に振った。
「俺には、ルイはルイだよ。ルーじゃない」
うまく言葉にできなかったけれど、ルイが微笑むのを見て、ユーシーも表情を緩めた。ユーシーだって、黒い琥珀でないとできない仕事があったのをわかっている。だから、このことにはもう触れないと決めた。
ルイを困らせたいわけではない。ルイと肩を並べられるようになりたい。愛された分だけ愛を返したいし、守られるだけも嫌だ。
そう思って、自分はずいぶんとルイが好きなのだと思い知らされた。
うっすらと熱を持つ頬を、ルイの手のひらが優しく撫でてくれた。
「今日は午後には仕事が片付くから、終わったら出かけようか」
「どこに?」
「服を買いに行こう。涼しくなってきたし」
「ん、いいよ」
久しぶりの、二人で出かける買い物だった。ルイはきっとたくさん甘やかしてくれる。手を繋いで、視線を合わせてくれる。ユーシーには、手を握り返して、微笑むことしかできない。
ふと、先日初めてのアルバイト代が出たのを思い出す。こちらへきてから初めての報酬だ。
いつも何か買ってくれるばかりのルイに、ユーシーは何かプレゼントを買おうと心の中で誓ったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!