運命と共に

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─2─  その日から、俺は少しずつ前を向き、歩き出すことができるようになった。気持ちの変化は性格も変えたようで、職場では、明るくなったともっぱらの噂だ。    西永さんとは、日々の忙しさから、なかなか連絡をとるとことはできておらず、あれから半年が経っていた。 「お先に失礼します」  今日は、半年ぶりに西永さんと会う約束をしている。そのため、近くの地下鉄で待ち合わせをした。  少し早く着いたのか、西永さんの姿はなかった。相変わらずこの時間の地下鉄は混んでいて、できれば避けたかったが、西永さんのおすすめの居酒屋が少し遠かったので、地下鉄で一緒に向かうことにしたのだ。 「松山さん! お待たせしました」 「お久しぶりです」  半年ぶりに見た西永さんは、少し健康的な見た目になっており、元気そうだった。 「じゃ、行きますか」  混雑する地下鉄車両に乗り込み、ドア付近に二人並んで立つ。  外は空気が冷たく感じたが、中は人の熱気でむわっとしていた。  二駅ほど通過したときだった。  女性の、絹を裂くような声が、車両内に響き渡った。そこにいた乗客全員が一斉に、声の方へと振り向く。  既に、女性の周りには空間が広がっており、横たわる女性と刃物を持った中年男性だけがその空間に残っていた。    一瞬時が止まり、静寂が広がる。そして、時が動き出す──。    乗客がパニックに陥り、叫び声と共に、人の塊が一斉に車両を移動する。その時、転倒し押しつぶされる者、ドアを必死に開けようとするもの、我先に逃げようと、人の塊を押し続けるもの。  車両は一瞬にして、地獄へと変貌した。  その間にも、刃物を持った男性は執拗に乗客を追い回し、次々に切り付けていく。辺り一面、真っ赤な血が飛び散っている。  その場に倒れ、動かない者、這いつくばりなんとか逃げようとするもの……。    俺と西永さんは、刃物男のすぐそばに立っていた。  不思議と、冷静で恐怖感もない。    なぜなら──俺の腹は決まっていたからだ。今、この場の人たちを助けることができるのは俺しかいない……。  この為の力……。あまりにも非道な力を与えられたのは、この日の為だったのかもしれないとさえ思っていた。    西永さんに声をかけようと隣を見ると、写真を見つめていた。 「西永……さん?」  手に持っている写真を覗くと、女性と小学生くらいの男の子が写っていた。目を凝らし、よく見てみると……。 「あ……」  そこに、写っていた女性は、俺に力を与えた女性だった。やせ細っていて、優しい目元……。間違いない、夢に出てきた、あの女性だ。 「西永さん、その写真って……」 「これ、小さい頃に亡くなった母と僕です。この時はもう病気だったんです。僕の力の唯一の理解者で、最後まで、心配していました」  俺の中で、一本の線が繋がった感覚があった。  きっと、西永さんの母親は、一人で悩む息子を心配し、俺に力を与えたのではないだろうか。なぜ俺だったのかは知る由もないが。  そして、二人が出会った……。これは全て決められたことだったんだ!  顔を上げた西永さんも、覚悟が決まった表情へと変わった。   「俺たち、この日の為に力を与えられ、二人が出会い、この場所にいる──これこそが、運命だ!」 「はい! 二人が出会ったのは紛れもなく運命──」 「いいですか?」 「はい、行きましょう」  俺は、刃物を振り回す男の後ろに立ち、肩を強く掴んだ。  そして──最大限の力を男の体に注ぎ込む。手が焼けてしまいそうなほど熱く、思わず離してしまいそうになる。    男は一瞬、震えるような挙動を見せ、すぐに倒れた。  俺の手のひらは赤く、火傷のようにただれていた。  それを見届けたあと、西永さんが、車両に手を当てる。  目を瞑り、あの、優しい西永さんから発せられた声をは思えない咆哮をあげた。それと同時に、車両全体が青い光に包まれた。  優しい青……。激しくも優しい青が、全車両に注がれる。  西永さんは、床に座り込み、力を使い切ったようだった。 「大丈夫ですか?」 「──はい。でも、まだやらなければならないことが……」  そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、倒れている乗客の元へ向かった。 「深い傷は、無理ですが、浅い傷なら治せますので、やってみます」  一人一人の傷に手を当て、治していく。  二十人程が傷を負っており、その内、二人は既に亡くなっているようだった。しかし、その他の乗客は、西永さんの力により、回復した人もおり、ここで俺たちの役割は終えた。    緊急停止した車両から降り、駅へと向かい歩いていく。 「西永さん、あれは……」 「はい。ああすることで、車両にいるすべての人の傷を癒すことができるのです。記憶は消せませんが、今回のことがトラウマになるような傷にはなりません。きっと、大丈夫です」 「そんな強い力を持っていたんですね」 「──そうですね。使ったのは初めてでしたけどなんとかうまくできました。それより、松山さん、その手……」  自分の手のひらを見つめた。 「俺も、初めて意図的に命を奪いました。あの男の動きを止めるには、これしかないと思ったんです。それに、こんなにもたくさんの人を傷つけ、命を奪い、心の傷も負わせたんです。考え方が間違っているかもしれませんが、これが賢明だと思ったんです……」  人の命を奪う権利など誰にもない。法で裁かれるのが正しいのかもしれない。しかし、あの強い殺意を持っていた男を、弱い力では到底抑えることはできないと思ったのだ。それに、生かしてはおけないと感じた。 「何が正解かなんて、誰にもわかりません。僕たちは、やるべきことをするだけです。今回は多くの人を救えたんです。それだけで、十分じゃないですか」 「──はい。俺もそう思います」 「これからも、なんらかも形でこの力を人のために使えたらいいんですけど……」    俺たちは、地下鉄の事件をきっかけに、人を救うことへの使命を感じた。  そして、半年ほどかけ、二人、話し合いながらある準備をしてきた。そして、今日──。 「今日からですね、西永さん」 「はい。覚悟は良いですか?」 「──もちろん」  この世の中には、綺麗事では済まされないことがあり、いつも、真っすぐが正しいとは限らない。  理不尽は、いつだって理不尽で、自分の力だけではどうにもできないことがある。そんな時は、誰かの力を借りたっていいじゃないか。その誰かとは、警察? 司法?  もちろん、それが正解だろう。しかし、正当法では立ち向かえない相手だっているのだ。それなら……。  俺らが影になり、手を差し伸べようじゃないか。俺たちが出会ったこと、二人に与えられた力、全てが運命だったとするなら、その運命に従おうじゃないか。    人を助けたい、誰かの為にこの力を使いたい。 ──これが、俺たちの導き出した答えだ。 『──助けは必要ですか?』  
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