13

2/2
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
「それをお父さん、私には言ってなかったの。後になって、たまたまお母さんから聞いて」 「そうだったんだぁ……気を使ってたのかな?」 「うん。それもあるけど、私ね、子供の頃から、緊張するとお腹こわすことがあってね」 「ああ、そうだったね」  和彦も、小学校時代の学芸会のことを思い出していた。それを言おうとすると、 「まぁ、その話は置いといて!」  と、手で制されてしまった。そして、 「だから、万が一の時は出動するぞと、お母さんにだけは言ってたみたい」 「へぇ……いい人だね、アルベルトさん」 「そう。とにかく、温かい人……」  さっきと同じ言葉を言った。 「でも……」  と、和彦はアイスティーを口に含み、 「金賞はどうなったの? 次の年に?」 その問いに、美佐子もアイスティーを飲みながら、「うん」というように親指を立てて見せた。 「さすがだね」 「そうね。プラハにいた頃から、ずっとバイオリンはやってたみたいだから」 「それもそうだけど」 「……?」 「カエルの子はカエル、ってことさ」  と、美佐子を見つめて和彦は言った。 「ああ……」  美佐子は照れたように笑ってから、 「実はね……」  と言葉を紡ぐ。 「お父さんとお母さんは、今、高齢者施設で暮らしてるんだけど、そこの音楽サークルに入ってて」 「うん」 「そこで、お母さんが指揮者で、お父さんがバイオリン弾いてるの」 「へぇ、それスゴいじゃん」 「でしょ。それに、もっとびっくりなのが……」  と言って、手元のスマホを操作すると、 「じゃあん」  いきなり和彦の目の前に差し出して見せた。 「えっ、何?」  彼女のスマホを手に取って見ると、 『札幌○○園オーケストラ  定期演奏会』  とある。 「この、○○園っていうのが、ご両親がいる所の?」 「そうそう」 「へぇ、スゴいじゃん。定期演奏会なんてやるんだ」 「ねぇ和彦くん。もっとちゃんと見てよ」  まだ続きがある、というように、スマホをスクロールしてから、ここ、と指を差す。 「えっ。まじか!」  そこに書かれている文字に、和彦は驚いて、また大きな声が出そうになるのを、辛うじて堪えた。 そこには、 『曲目:スメタナ作曲「わが祖国」より「モルダウ」他 ゲスト:ピアノ演奏・アルベルト美佐子』  とあった。 「時々、お手伝いしてるの」  と言って、美佐子は、夜の大通公園に目を向け、 「北国・札幌……素敵な街よ。プラハの街と、どこか似てて」 「……そうなの?」 「うん。もちろん、建物とかは全然違うけど、何て言うか、緑と川と街がキラキラしてる!」 と、楽しげに言う。そして、 「和彦くんも、いつかこの街に来ないかなぁ……?」  と、遠い眼差しになる。 「それもいいね」  和彦も、美佐子と同じ夜景を見ながら、本気でそう考え始めていた。  そして、その手始めに、今見せてくれた、来月の定期演奏会を聞きに行ってみよう、和彦はそう思っていた。 (完)
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!