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ホテル一階のカフェラウンジ。 和彦と美佐子の席から望む札幌の街は夕暮れ時を迎え、色とりどりの明かりが威力を発揮しつつある。 三杯目となるアイスティーを飲みながら、二人の会話は続く。 「上野に行った三人は、その後どうしたの?」  前のめりになって聞く和彦に、 「夜行列車で青森に出て、そこから青函連絡船で函館に渡った」 「へぇー……ドラマチックだなぁ……」 「でしょう? で、そこからさらに列車を乗り継いで、やって来たのが……」 「ここ」というふうに、人差し指で窓の外の札幌の街を指す。その顔が楽しげだ。 「えーっ」  思わず声が大きくなる。周りの客が、一斉に二人を見た。  そんなことは気にも留めず、 「それからは、ずっと札幌で?」 「そうね。この街の学校に転校して、大学まで行かせてもらって……」  と、美佐子はこの北都・札幌でのおよそ50年を語っていった。  父・アルベルトは、家族2人を養うべく、必死に働いたそうだ。  正社員の口はなかったものの、昼間はパチンコ店のアルバイト。そして、ドイツ語とチェコ語ができたので、夕方からは外国語教室の講師をやった。  ヘトヘトになって帰ってくる彼を、母・文子は必ず起きて待っていて、食事を一緒に食べていたと、美佐子は言った。 「とにかく、温かい人」  美佐子はアルベルトのことを、そう表現した。それは、吉祥寺のホテルで初めて会った時から感じていたそうだ。 「後から思えば、だけど、どこか血がつながってるような、そんな温もり、っていうのかな……」 「へぇ……いい話じゃん」 「時々行き過ぎて、暑苦しかったりするんだけどね」  そう言って、美佐子は笑ってから、 「いつも、私とお母さんが第一、っていう人だったかな。自分のことは後回しで」 「うん」 「ある時なんかね……」  と話してくれたのは、美佐子が高校受験の日の朝のこと。  緊張のあまり、お腹が痛くなった美佐子を、彼は車で会場まで送り届けてくれた。  おかげで、ぎりぎり試験に間に合い、第1志望校に合格できたのだが……。 「その日は、お父さんにとっても大事な日だったの」  と、美佐子は申し訳なさげな表情になって、 「お父さん、趣味でバイオリンをやってるのね。それも結構な腕前なの」 「うん」 「それで、その年はコンテストに出て、金賞を狙ってたらしいんだ」 「うんうん」 和彦の体が、ふたたび前のめりになる。彼女は続けて、 「そのコンテストが、私の受験の日だったの」 「えっ、それじゃあ、まさか……?」 「そう。間に合わなかったんだって」  つい最近のような言い方の美佐子が、切なげに言う。
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