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神様と悪霊お話をする
「で? 結局お前は未来の何なんだ? 祖母さんか何か?」
あの執着を見るに、肉親くらいしか考えられない。そう思って聞いたら彼女は俺を馬鹿にしたような目で見て言った。
「あんた、この姿見てどうしてそう思うのよ」
呆れた様にそう言って彼女は大きなため息をついた。狂気じみた顔しか見ていなかったから気付かなかったが、よく見ればまだうら若き女性だ。未来よりは少し年上だろうか? 肌艶も髪も若さに溢れている。単純に言えば可愛いのではないだろうか。あの狂気。あの狂気が無ければ。
「しかもお祖母さんはご存命中よ。縁起でもないことばかり言うわね。疫病神」
薄々でも本当の神だと気付いているだろうにこの態度。もうすげえ以外の感想が出てこない。色んな事情で姿が変わる悪霊がいる事を言うのを止めた。どうでも良い話だ。
「じゃあ未来とどういう関係?」
「関係なんて無いわよ」
「は?」
「他人よ。赤の他人。聞こえてないなら耳鼻科行った方が良いわよ」
こいつは悪態をつかなければ声を出せないのか。そう思いながら俺も言い返した。
「ストーカーか」
「まあ、そう言っても過言ではないわね」
殺人鬼(神)とストーカー(悪霊)に付きまとわれる未来(女子高生)。あいつ、よくのほほんと生きてるな。
「えーと、どういうことなのかちゃんと説明しようか」
「あんた、神様なら全て分かってるんでしょ? 私が話す必要ある?」
いやいやいや。恐れ入る。それはそうだけども。と、一瞬面倒になってその言葉に従おうと思って止めた。
「俺はお前の言葉で知りたい。小説みたいにあった事を全部知っても、お前の言葉が同じとは限らない。お前の現実はお前の言葉の方だろう?」
「…異世界転生とか小説とか、あんたもしかしてラノベ好きなの?」
「順番を間違えるな。俺がラノベを好きなんじゃない。人間が俺のしていることをラノベにしただけだ」
「…」
細かい男とでも思っているのかもしれない。うんざりとした顔でため息をつくと彼女はこんな事を話し始めた。
「私は人生が嫌になって自殺したの。面白くない人生だった。親の仲は良くも悪くもなかったし、貧乏ではなかったけど裕福でもなかった。容姿も普通。頭も普通。なーんにも楽しい事のない退屈な人生だった」
自殺か恨みが絡む死でなければ悪霊にはならない。彼女は自殺の方だったか。
ちなみに命を粗末にした罰と、強い恨みを神の光は浄化する。そこにはそれぞれ色んな事情があるんだろうけれど、勝手にそう決まっているから仕方がない。ついでに言えば本来は神という恐れ多い存在を認識させる為の光なんだが、悪霊にはただの恐怖の対象でしかないからこいつが俺の事を敬わないのも仕方がない。何か癪だけど。
「就職をして、今まで以上につまらない人生になった。勝手に決められたルールは窮屈で仕方なかったし、こっちの様子伺って褒めてくるのもうんざり。愚痴るような友達もいないし親にも話す気にならない。嫌なことばっかり体に溜まっている気がして、もう良いやって死んじゃった」
話す彼女はさばさばしている。自分を飾ったり誤魔化したりする気配はない。それで自分の話は終わったようだ。
「で? 何で女子高生のストーカーになったんだ?」
「あの子、私に似てるのよ」
「どこが?」
と、思わず間髪入れずに聞き返してしまった。その俺を横目に睨んで彼女は言う。
「人生が」
親の仲は普通。家庭環境も普通。容姿も頭の出来も普通。たまに訪れる小さな残念も同じくらい。
「でも、あの子は楽しそうなのよね」
つまらなくてつまらなくて息が詰まりそうだった人生。それを、一方では幸せに楽しんでいる子がいる。
「自分からにこにこと親にも友達にも話しかけて、可愛くなる努力をして、それなりの成績を取る為に一生懸命勉強していたわ。何でもないことにも喜んで、小さな不幸もまあ良いかと受け流して、周りはいつも幸せそうな空気で満ちていた。そんなあの子を見ていたら、自分が恥ずかしくなるくらいに無い物ねだりをしていたんだって気付いたの」
外から見れば同じ様な人生。それは受け取り方で如何様にも変わる。
「ちょっと早まったかなって後悔もしたわ。でも、もう戻れない。それに死ななければ気付けなかったってあの子と同じ様に前向きに考えて、この出会いを楽しむ事にしたの」
死んで前向きになったのかよ。と、突っ込みそうになって止めた。そこまで野暮じゃない。
「それでストーカーになったわ」
えへん。とでも聞こえてきそうなどや顔で彼女は言う。
「堂々と言う事じゃないと思うんだけど…」
それで俺の未来殺害計画を邪魔しまくった訳か。確かにストーカー並みに側にいなければあそこまで避けきれなかっただろう。
「それで、お前の目的は何なんだ?」
ため息をついて俺は言った。何とかこいつを未来から離さなければ。俺はまだ諦めてないんだからな。
「目的?」
「未来に付きまとっている理由。ずっとストーカーしたいだけか?」
「そうよ」
まさかそんな。と、話が続くと思っていた俺はその言葉にずっこけた。そして彼女を見てもう一度聞く。
「真生ストーカーってこと?」
「そうよ?」
もう一度、はっきりと彼女は頷く。何だろう。この子振り切り過ぎていてちょっと怖い。
「彼女を好きって事?」
「好き…んー…うん。そうね。好きだわ」
「妬ましいとか羨ましいとは思わない?」
「それは思わないわね」
「じゃあ…それって恋ってこと?」
別に同性の恋愛を否定する気はないが、それしか表現する言葉が思い付かずに俺は躊躇らいつつ口にした。
「恋? …うーん…恋…? …恋じゃないわね。あえて言えば…」
しばし考えていた彼女は、こっちを向いてあっさりとこう言う。
「推し?」
「…おし?」
「私もこんな感情初めてで上手く言えないんだけど、きっとそういう事なんだと思う。もう全てのランキング振り切ってオンリーワンのランキングの頂点に君臨してるっていうか。存在していてくれることに感謝っていうか」
「…」
「見てるだけで何時間も過ぎていくし、無条件に可愛くて仕方がないし、頑張ったことが報われたらただただ嬉しいし、何て言うかこんなに愛おしい存在初めて」
「…あー…」
推しという言葉にはピンとこなかったが、その言葉を聞いて何となく産後の母親を思い出す。無償の愛を注ぐ対象。子どもが愛おしくて存在が尊くて成長や成功にも純粋な喜びを感じる母性ってやつだ。その存在の為には時間も金も自分の大切なものも、時には命さえ投げ出せる感情。彼女の行動に照らし合わせて納得する。確かに自分の子どもに手をかけようとする害悪がいたら、例え神だとしても躊躇わずに立ち向かうだろう。
問題は何で赤の他人に母性を爆発させているかだ。それって親切で邪魔をしてくるとか恋とか友情よりもはるかに厄介なんですけど。だって母性なんて言っちゃったらあれよ? それこそ本能で最強の奴よ? 本能オブ本能よ? 勘弁して下さい。
マジで困ったなぁー。本当に、それこそ俺の力をもってすれば未来を一人ぽっくり逝かせることなんて訳ないんだけど、何と言うか主義に反する。ここは説得しかないか。
「未来を見ていると癒されるだろ?」
「うん」
「優しい気持ちになるだろ?」
「うん」
「そういう存在が必要な世界があるんだ」
「それはそっちの都合だわ」
一歩も引く気はないらしい。俺を真っ直ぐに見て彼女は言う。
「だから彼女を犠牲にしていい理由にはならない」
「運命だとしても?」
「抗うのは自由でしょ?」
そう。彼女は抗ってきた。神という運命を邪魔し続け、未来の運命を変えてきた。
「彼女は今幸せに生きているの。それを守りたいと私は思っているの。だったらできる事をする。何か不思議な事でもある?」
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