アブノーマル・アイデンティティ

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 姫宮氏の悪魔は実にたやすく彼を支配することに成功した。  これでいいんかなあという気はしないでもなかったが、夢にまで見た連載小説、人気作家、印税を前にして姫宮氏に守るべきものなど何もなかった。  だが。 「しかしこんな小説、いったい誰が読んでいるんだ?」  姫宮名義で発表された小説を何度読んでみても、そこには何も書かれていなかった。  姫宮氏の人生も、価値観も、心情も、何ひとつそこにはなかった。  ヒロインはふわふわとしていてかわいらしく、どこの誰でもなかった。  事件はいつもすっきりと解決して起承転結のバランスもすこぶるよろしく、だが、何の新奇性もなかった。  さらさらと読みやすい文章は読んだ端から流れてゆき、二度と心に戻って来ることがなかった。 「本当に売れるのか、こんな小説が?」
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