01「ティッシュ配りに励む比奈ちゃん」

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「誰!?」  比奈は一瞬、先程ティッシュを受取ってくれた青年の姿を思い浮かべる。    あのさわやかイケメン君が、まさか事故に!?  比奈は事故現場へと走る。  交差点のガードレールに乗用車が頭ごと突っ込んでいた。中に乗っている運転手はエアバッグが作動したらしく、車の中でクッションに埋もれている。おそらく問題ないだろう。  比奈は車の10メートル先に見える人だかりのもとへ走る。  群衆の中を掻き分け、その中心にようやくやってくることができた。道路に血が流れており、男性が倒れていた。  なんと、先ほど比奈がティッシュを渡そうとしたときに憎憎しげに拒んで去っていた中年男性だった。彼が跳ねられたらしい。 「ど、どうしよう……!」  比奈はまるで自分が跳ねてしまったかのような罪悪感を受け、彼の前にしゃがみこむ。そしてポケットから宣伝用のティッシュを取り出し、彼の額の血を拭った。  中年男性は顔をしかめ、苦痛そうに呻いている。頭や足から出血していた。 「救急車を呼びました。到着するまでの時間、応急手当をしましょう」  比奈の隣に、天使の笑顔を見せてくれる例の青年がやってきて言った。やはり彼も事故を知って現場にかけつけてきたようだ。   彼は真剣な表情で中年男性の状態を観察している。こんな状況で不謹慎ではあるが、笑顔以外の表情も惚れ惚れするほどにかっこいい。比奈は思わず目を奪われそうになってしまうが、さすがに今は応急処置を行うことが何より優先だ。 「名前は言えますか?」 「ぅ……」  男性は名乗れず、苦痛そうに呻いているだけである。青年は首に指を当て、頚動脈が触れるかどうか確認する。脈は今のところしっかりしている。 「急いで出血をとめないと」  青年は男性のズボンがどんどん血で染まっていくのを見て言い、自分のポケットからハンカチを取り出して傷口である右下腿部にあてて止血する。しかし太い血管が切れているらしく、出血はどんどん広がり、あっという間にハンカチが真っ赤な血で染まっていく。 「あ、あの! 何分くらいで救急車ってこられるんでしょうか?」  比奈が尋ねる。 「だいたい9分前後だと思います」  青年が答える。 「そんなにかかるんですか?!」  連絡すれば2、3分で来てくれるものだと勝手に思っていた。厳しい現状であることを比奈は初めて知った。 「だから、その間に僕たちにできることをしましょう。すみませんが、ペンのようなものを持っていますか? 棒状になっているものならなんでもいいです」  青年が比奈に尋ねるが、比奈は首を振る。彼女はティッシュ以外何も持っていない。  比奈はただアタフタして青年の横に立っていることしかできない。
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