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「ごめんね、そこまで嫌がられてるなんて気付いてなかった」
ポツリと呟くように言ったのは一也のテクニックで、僕は巧みなその手の中にすでに囚われていたのだけどその時は全く気付いていなかった。
「毎週会うのが当たり前になってたから時也も同じ気持ちだって勝手に思い込んでた」
そんな風に言われてしまうと後ろめたさのあった僕はどうしていいのか分からなくなってしまう。
「それは僕もそうだけど、でも今週は」
「予定があるんだろ?
どんな予定か知らないけどさ、俺と会うよりそっちの方がいいんでしょ?」
人の言葉をちゃんと聞かず、僕のことを責める一也にだんだんと苛立ってくる。
「僕は先週、一也が予定があるって言っても何も詮索しなかったよね」
その言葉に〈それがどうした〉と言いたげな顔をする一也を腹立たしく思いながら言葉を続ける。
「友達が週末に何しようとそこまで詮索する必要が何処にあるの?」
「俺は友達だなんて思ってないから」
「友達だろ?」
「友達ねぇ、」
含みを持った言い方に何かが警鐘を鳴らし始める。
「俺は友達だなんて思ってないし、時也のこと好きだって伝えてたつもりだよ。
それが重かった?」
そう言って今日はじめて目を合わせる。1週間働いて少し疲れた週末の顔がそこにあるのだけれど、疲れた顔でも良い顔をしていると他人事のような感想が出てしまう。
言われた言葉の重みを受け止めたくなくて、それでも一也と離れることができそうになくて、何をどう答えればいいのかを模索する。
「一也だって僕と会いたくないから先週予定を入れたんじゃないの?」
「そうだよ」
皮肉のつもりで言った言葉の答えが予想外の返事でグラスを持つ手が震えそうになるのを必死に抑える。
そうか、一也は僕に会いたくなかったのか。
好きな人ができたのか、それとももう彼氏とか彼女と呼べる相手が居るのか。
友達である僕にそれを詮索する権利はないけれど〈会いたくない〉と思われる程の事を僕がしてしまったのだろう、きっと。
「好きだ」と伝えてくれるその言葉をはぐらかし過ぎたせいだろうか。
前回会った時のことを思い出してみてもいつもと変わりのない様子の一也しか思い出せず、それくらいしか理由を思いつかないのだけれど、それでも心のどこかで〈これで良かったんだ〉と思う自分もいて…。
僕が一也の気持ちを蔑ろにし過ぎたから僕よりも好きになれる相手を見つけてしまったのだろう。
僕の気持ちは宙ぶらりんになってしまうけれど、それでもこれで良かったんだと自分に言い聞かせながらカクテルを口に運ぶ。
その甘さが僕の気持ちを落ち着かせてくれるような気がしていつもよりも多く口にしていることに気付かないまま。
「それなら今日だって僕のこと待ってる必要ないし、週末に僕が何してても一也には関係ない」
お酒の力を借りている振りをして少しキツめの口調で一也のことを突き放す。先に僕を突き放したのは一也なのだから僕はその手助けをしただけだ。
「今までありがとう。
色々教えてもらえて助かったよ」
僕は上手く笑えているだろうか?
傷ついた顔を見せていないだろうか?
「時也はそれで良いの?」
憮然とした表情で言われたけれど僕のその言葉を引き出したのは一也だ。良いも悪いもないのに、それなのに僕に何を言わせたいのだろう。
「良いとか悪いとか、そう言う問題じゃないよね。
一也が僕に会いたくないなら会わなければいいだけのことで、こうやって僕に構う意味がわからない」
「だから、俺に会えなくなっても良いの?」
「会いたくないなら仕方ないんじゃない?」
自分が会いたくなかったと言ったくせに僕に突っかかってくる一也をどうやってあしらうのが正解なのか考えるものの、感情が先立ち言葉が零れ落ちてしまう。このままだともっとキツイ言葉の応酬になってしまいそうで、口を噤むためにまたカクテルを口にしてしまう。
いつもよりも早いペースで飲んでいる事に気付いていたけれど、一也の追求から逃れるためについつい飲み過ぎるのを止めることができない。
「なんでそう素直じゃないかな」
溜め息混じりにそう言われるけれどそんな風に言われる理由がわからない。僕に会いたくないと言ったのは一也なのに、それなのに僕に何を言わせたいのだろうか。
イライラしながらカクテルを飲み終えてしまうといつの間に頼んだのか、また同じものがテーブルに届けられる。
「お茶が良かった、温かいの」
少し酔ってしまった気がしてそんな風に言った僕の言葉に「これ飲んだらね」と返されてしまい仕方なくグラスを受け取る。
「で、俺と会わないようにして誰と会うつもりだったの?好きな奴でもできた?」
揶揄うような、それでいて責めるような言い方にますます苛立つ自分に気づいていたものの、自分を止める事ができない。
「それ、一也が言う?一也こそ好きな子ができたから週末空けたいんでしょ?
もう僕のことはいいからさ」
「いいんだ?」
僕の言葉にいちいち突っかかってくるのはどうしてなんだろう。何で素直にじゃあこれで、と終わりにしてくれないのだろう。
「温かいお茶頼むからそれ、飲んじゃいな」
話の合間にそう促されカクテルに口をつける。こんなに飲んで大丈夫かと頭の中で警鐘を鳴らしているけれど、これを飲まないと温かいお茶がもらえないと変な焦燥感から少しずつ少しずつ飲み進める。
「先週、会えなくて淋しかった?」
「何言って」
「だって、俺が先週何してたか言わないから同じことしようとしたんでしょ?
何、ヤキモチ?」
「そんなわけ」
「無くないよね。
それで、今週会わなかったら俺がヤキモチ妬くと思ったの?」
質問攻めで逃げ道を塞がれていくような気がして焦るけれど席を立つこともできず、正解の答えを模索する。
別に一也にヤキモチを妬いて欲しかったわけではない。惹かれて始めた気持ちを自覚して、自覚してしまったから離れようとしただけだ。
一也の言った気持ちと真逆の想いで逃げようとしたことを悟られることなく離れたかったのに。
「一也は一体何がしたくて僕を構うの?」
苛立ちながら聞いてしまったこの言葉が僕たちの関係を変えるだなんて気付いてなかったんだ。
「それ、わざわざ聞くこと?
いつも言ってるんじゃん、時也が好きだ、時也と付き合いたいって。
俺はずっと本気だし、今までだって下心込みで時也に接してきてるよ」
「でも僕に会いたく無いって」
「だってさ、そろそろ我慢できないから」
思っていたのと違う言葉に一也の方を見ることができなかった。そんな風にしてしまったら僕の気持ちがバレてしまうのに、それなのに普通にしなければと思えば思うほど一也の顔を見ることができない。
「時也、俺の事好きになってるでしょ?」
言われて思わず一也の方に顔を向けたけれど、今までの言葉とは裏腹に優しい顔で僕を見ていることに気付いてしまい急いで目を逸らす。
こんなのは狡い。
こんなのは反則だ。
「時也、週末に飲み過ぎると無防備すぎるんだよ。だから歯止めが効かなくなりそうで会いたくなかったんだ。
でも時也に会えないって言われたらムカついてさ。俺が会えないって言ったのは嘘だったけど時也だってそうなんじゃないの?」
諭すように言われてしまい全てが見透かされているようで居た堪れない気持ちになる。
素直にこの気持ちを受け入れて、素直に僕の気持ちを伝えて。それが出来たらどれだけ楽になれるだろう。
でも僕にはそれができない理由があるのだ。
「僕は、一也とは付き合えない」
「俺のこと好きなのに何で?」
ショックを受ける様子もなく一也が僕の言葉を引き出そうとしてくる。話してはいけないこと、話したく無いことまで話してしまいそうで、それを誤魔化すようにカクテルに口をつける。
その時にはその行動が自分の事を追い詰めていることに気付かないほどに酔ってしまっていたのだけど、緊張している僕はそれに気づいていなかった。
「何が不安なのか話してくれないとこのままずっと〈友達〉だよ」
耳元でそっと囁かれぞくりとしてしまう。囚われた、そう思ったけれど一也の手から逃れようと悪足掻きを試みる。
「僕はもう傷付きたくない」
「傷付かないと生きてなんかいけないよ」
「だから傷付きそうなところには近付かないことにしたんだ」
「それって俺の事?
何で俺と付き合うと傷付くの?」
ゆっくりと杯を重ねながら引き出されていく僕の言葉。
このカクテルは3杯目?4杯目?温かいお茶はどうなったのだろう。
「一也はゲイじゃないから」
「ゲイじゃないけどノンケでもないよ」
「だから駄目」
「前の男のことが有るから?」
「そうだね」
僕の返した言葉に少し考え込むような振りをするけれど、考えたところでバイセクシャルなのは周知の通りで変えようのない事実だ。
そして僕も見てきた現実。
「好きな人ができたって言われても抗うことはできるし悪足掻きだってできるけど〈子どもができたって〉言われたら引き下がるしかないんだ。
子どもを堕ろして欲しいなんて言えないし、そんな権利もない。
ただ相手の幸せを願って引き下がるしかない」
思い出したくないのに思い出してしまったあの時の事。
「そういう奴ってさ、平気で人の気持ち踏み躙るんだよ?
時也も就職したら彼女作って親のこと安心させてやれって、余計なお世話だよね」
辛いはずの記憶なのに、それなのに笑えるから僕は大丈夫。これまでもこれからも、僕はちゃんと笑える。
これを笑えるくらいだから、だから今ならまだ一也と会う事をやめても笑うことができるんだ。
「だから僕はこの先どっちも恋愛対象にできる相手とは付き合わないって決めたから」
そう、決めたのだ。
だから一也のことが好きだという気持ちは認めてはいけない。
「別に付き合う=結婚じゃないし、どっちも恋愛対象だとしても浮気するわけでも浮気されるわけでもないんじゃないの?
恋愛なんてお互いの気持ちだから男でも女でも関係無いし、そんなこと言ったらノンケなんて恋愛できないじゃん」
鼻で笑われてしまった。
「別にこの先一生一緒にいようなんて言ってないし、先の事なんてわからないし。
ただ一緒にいたい、キスしたい、エッチしたいじゃ駄目なの?
俺は時也と一緒にいたいし、キスだってしたいし、横で寝てる時也とヤりたいのをずっと我慢してたんだけど気付いてなかった?
俺は男でも女でも大丈夫だけど、でも好きになった相手とはちゃんと向き合ってきたよ」
突然だけど突然ではない告白。
一也の気持ちは分かってた。分かっていてはぐらかして、この関係を手放すことができなくて一也の気持ちにも僕の気持ちにも気付いていない振りをしていたのだ。
僕の家に泊まるようになり、はじめはソファーとベッドで分かれて寝ていたのにソファーは寝心地が悪いと一緒に寝るようになった時に泊める事を止めれば良かったんだ。それなのに止めることができなかったのは僕だって一也と一緒にいたかったから。
隣で眠る一也の体温を感じ、その手を取れたら、その匂いに包まれたら、そう願わなかったと言ったら嘘になる。
僕だって一也に触れたかった。
一也に触れて欲しかった。
「もしも、もしもだよ?
女の子と付き合う時にはちゃんと自分と別れてからにして欲しい」
僕の口から勝手に言葉が零れ落ちた。
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