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 それは突然だった。  社会人になって三年。ようやく仕事も生活も落ち着き、そろそろ一人暮らしを始めた。職場から乗り換えなしで行けて、なるべく家賃の安いアパートに引っ越した。  町を散策しながら見つけた昔ながらの雰囲気が漂う喫茶店。就職したばかりの頃、落ち込んで入った喫茶店にそっくりで、懐かしい気持ちで店内に入る。  真夏の日中は気温が高く、汗をかいた体は冷たいものを欲していた。  ドアのベルが鳴るのと同時に、 「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」 と声をかけられる。  紗季は店内をぐるりと見まわし、窓際の席に座った。  メニューを見ながら気になったのは、カウンターに座る中年男性たちだった。四人ほどが並んで座り、中に立つ女性に話しかけている。 「今日も暑かったよなぁ」 「本当。(まどか)ちゃんが淹れてくれるコーヒーが更に美味く感じるよ」 「あら、そんなふうに言ってもらえたら嬉しいなぁ」  円と呼ばれた女性は、トレーに水の入ったグラスとおしぼりを載せて紗季の席にやってくる。 「ご注文はお決まりですか?」 「アイスコーヒーをお願いします」  女性を見上げた紗季は驚いたように目を見開いた。髪を後ろに一つにまとめているその人は、どう見てもあの日に紗季の話を聞いてくれた女性に違いなかった。 「あ、あの……!」  思わず大きな声を出してしまったので、店内にいた人が皆紗季の方を見つめる。 「どうかされましたか?」 「い、いえ、なんでもないです……」  そうよ、覚えているわけがないじゃない。たった一度話しただけなんだから。 「そうですか? ではお待ちくださいね」  深緑色のソファに再び腰を下ろし、ガラスのテーブルに手を載せてからチラッと円を見る。するとカウンターの男性たちが自分を見ていたことに気付いて、慌てて下を向いた。 「何かあったの?」 「注文を聞いていただけですよー」 「見たことない子だね」 「お店を見て入って来てくれたんですよ。うふふ、嬉しいですね」 「そういうこと?」 「ならいいんだけど」  彼女の笑顔や雰囲気の印象は、あの日に感じたものと大して変わらなかった。また話してみたいと思うのに、どうも話せる空気ではない。 『あの日のことを覚えていますか? あなたにすごく励まされたんです。もしよろしければ、もっとお話がしたいです。そしてあの日の、あの寂しげな表情の理由を教えてほしいです』  そう心の中で呟くことしか叶わなかった。  それにしても、あの人たちは一体誰なんだろう……そう思いながらも、この日はそそくさと帰るしかなかった。
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