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 気がつけば紗季は喫茶店に通うようになっていた。窓際の席に座り、必ずアイスコーヒーを頼んだ。  ふと窓ガラスの前に置かれている猫の写真が、普段眺めていたものと違うことに気付いた。澄ました顔の黒猫がカメラに向かって流し目をしている写真と、その猫があくびをして仰向けになっている写真。どちらも同じ猫だが、全く異なる印象に頬が緩む。 「それ、うちの近所に住み着いてる猫なんです。時々庭に遊びに来るから、良い被写体になってて」  コーヒーを運んできた円がニコリと微笑む。彼女もきっと可愛がっている猫なのだろう。その想いが写真からも、円の笑顔からも伝わってくる。 「円さんが撮影したんですか? すごくお上手ですね! 可愛くてほっこりしちゃいました」 「うふふ、ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」  それから紗季はアイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れると、円とおじさんたちの会話を盗み聞きしながらコーヒーを飲み進めていく。  通い始めて、紗季は円に対して少しだけ違和感を感じていた。もしかしたら自分だけが覚えているという寂しさからそう思ってしまったのかもしれない。  ただなんとなく男女で対応が違うような気がしたのだ。それだけでなく、裏に何かを秘めているような壁を感じずにはいられなかった。  その時ドアが開いたことを知らせるベルが鳴り、 「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」 という円の声が店内に響く。  通路を挟んで隣の席に、今入ってきたであろう女性がソファに腰を下ろす。二人は顔を見合わせると、お互い会釈をした。  紗季が店の常連になってから、同じようにやって来るこの女性と、言葉は交わさないものの顔見知りにはなった。 「円ちゃんの旦那ってどんなやつ?」 「えー、別に普通の人ですよ」 「なんの仕事やってんだっけ?」 「大工さんです。肉体労働だから、筋肉ムキムキなの」 「おっ、じゃあいろいろ頼りになりそうだ」 「本当。重たいものとか軽々持っちゃうから、買い物とか楽ちんですよ」  おじさんはきっと遠回しに言いたいことがあったようだが、円は笑顔ですり抜けていく。  しかしその会話を聞いていた紗季は少しだけモヤっとした。  今のは聞く人によってはセクハラ発言にだって取れるんじゃない? 私だったら不快感を露わにするところよ。なのにどうして円さんはあんな風に笑顔で優しく返せるのだろうか。
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