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「そういえば円ちゃんのところは結婚何年目?」
「うちはもうすぐ五年ですね」
「五年⁈ じゃあ子どもは?」
「いないですよ。今は夫婦で気ままに過ごしてます」
「えーっ! 早く作りなよ。円ちゃんなら良いお母さんになると思うけどなぁ。それに更に楽しくなるって」
「そうかなぁ。今も楽しいけど……」
「優しくて、可愛いいママなんて最高だよな」
「うふふ、そんなに褒めてくださってありがとうございます」
笑い声が響く店内で、こんなにイライラしているのは私だけだろうかーー。結婚だとか、子どもだとか、他人には関係のない話。それぞれ抱える事情だって違う。それを自分の物差しだけで発言することに腹立たしさを覚える。
ただ紗季の中で苛立っているのはそれだけではない。円の曖昧な対応にもモヤモヤした。
店員とお客だから何も言えないのかもしれないが、あの日私の話を聞いて慰めてくれた彼女はもっとはっきりとした女性だった。どうしてこんなに言われるがままになっているのだろうか
それを感じたのは紗季だけではなかったようで、隣の女性も不愉快そうにため息を吐く。
「あれってなんなんでしょうね。あんなにチヤホヤして、見てると反吐が出る。円さんもよくあんなのに付き合ってるわ」
女性は眉間に皺を寄せ、目の前の自家製チーズケーキにフォークを刺した。チヤホヤして、という発言だから、彼女はおじさんたちに反吐が出ているのだろう。そして円が作ったチーズケーキにフォークを勢いよく刺したことから、彼女の対応にもイライラしているように思えた。
円さんは良い人だ。誰にでも愛想が良いから、おじさんたちは話したくなるのだろう。
ただ愛想が良すぎる気がする。なんというか、自分たち女性に対するものと、おじさんたちに向けるものがやはり違うように思えたのだ。
「きっと聞き上手なんですよ。だからみんな話したくなるんでしょうね。もしかしたら……自分に好意的な人には円さんも心を開いてくれるのかな。私には無理そうですが」
そう口にしてハッとした。そうよ、ここに来るようになったのだって、彼女と話したいと思ったから。なのに彼女はおじさんたちとばかり親しくして、私はいつまで経ってもただのお客から脱却出来ない。
話しかけても、会話が一往復して終わってしまう。三年前のあの日、あんなに真摯に向き合ってくれたのにーー。でもあの日のことを覚えているのが私だけなんだから、そう思ったところで仕方のないことなんだけど。
自分のことを覚えていてくれなかったという不公平感と、覚えていてほしかったと思う寂しさが、胸の中を締め付けていく。
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