Live.1

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Live.1

▶ STAGE―3-1 > player name:hachi_888 < その日は時間がなくて、仕方なくVのスタジオから生配信をした。それが終わると、そそくさと管理室に戻る。誰にも声を掛けられなかったのは、時間帯的に人が少なかったからだろう。 管理室で今月分の各書類と管理表の確認をしてから、来月分の確認もする事にした。来月から数ヶ月は俺もVの方が忙しくなる。 数年振りのV新人デビューに、V部門全体が何となく活気づいた様に見える。新人をデビューさせるにあたって、マネージャーだけでは仕切り切れないという。なので仕方なく、俺と緋采ちゃんで新人のバックアップをする事になった。 そう……その新人というのが、結人くん事"ゆっぴ~"である。彼のデビューが来月……4月に決まった。彼は4月から正式に、クローネ所属の配信者となる。 一ヶ月ちょい前。結人くんはオーディションを受ける為、初めてKrone芸能プロダクションの、Vがあるこのフロアに来た。そして、ミーティングルームへと通された。 俺は緋采ちゃんとモニタールームで待機していた。面接の様子を見るのも、俺と緋采ちゃんの仕事だった。 緋采ちゃんは彼がスカウトを受けると聴いて喜んだが、それとなく俺に「大丈夫ですか?」と訊いてきた。 俺は、緋采ちゃんなら平気だろうと思って、彼が縁人さんの従兄だった事を話した。緋采ちゃんは「えっ?あの立花先生の従兄?!」と、めちゃくちゃ驚いていた。 それを知ったのは、彼がスカウトの返事をした後だった事も、偶然にも縁人さんの家で会った事も話した。あの事は流石に話さなかったけど。 話しを聴いていた緋采ちゃんが「七種さん、立花先生と仲良いですもんね」と、何故か意味深に笑いながら言うので、すぐに(緋采ちゃんの変なスイッチが入った)と察した。 面接が始まると、緋采ちゃんと俺は黙って、モニター越しにその様子を見ていた。モニター越しでも、彼が緊張しているのが解った。そりゃそうだろう。面接というのは、誰もが緊張するものだと思う。でもそれは最初だけだった。 彼は持ち前の人懐っこさと天然のボケと、その明るさと素直さで場を和ませた。 「青くんみたい……ううん。彼の方が"前の青くん"より、よっぽど純粋で素直」 「そりゃあ、縁人さんに大切に育てられてるからな」 何気なく呟いたのが聴こえたみたいで、緋采ちゃんは「従兄だよね?」と言った。 「そう。でも、歳が10離れてるから可愛くて仕方ないんじゃないかな?解らないけど」 「前に"うちのにぃには過保護過ぎ"って、Nagiさんから聴いた事あるけど……それと同じです?」 「凪沙と……ん~まぁ、そんな感じかな」 なんか微妙に違う気がしたけど、何がどう違うのか解らなかったから、緋采ちゃんに合わせる様に返事をした。すると何故か、あの日見た彼の泣き顔を思い出してしまった。 (いや、何で"あの泣き顔"が、未だに忘れられないんだろうな……) 面接が終わると簡単な動画撮影。動画撮影といっても、大袈裟な事をする訳じゃない。配信してる時と感じで撮影するだけだ。違うとしたら、台本がある事。その台本にしても、難しい事は書いていない。 面接を担当していたマネが、結人くんに台本を渡しながら説明をする。 『アレンジしても大丈夫です。台本の意図を汲んで、自分なりの解釈で、大体10分程度の配信をしてくれればOKです。では5分後に始めます』 『解りました』と言うなり、結人くんは台本を手に取ると、熱心にそれを読み出した。 俺はその食い付き加減に感心した。内容は決して難しくはない。至極簡単な物で、逆をいえば"アレンジし放題"な内容になっている。俺達はそこを見る。 誰にでも出来る様な物を、如何に自分なりのアレンジを加えるか。如何に自分らしく自分の物に出来るかを見る。いくら内容が簡単とはいえ、準備時間が5分しかない中で、どれだけの事が出来るのか……それも評価対象だった。 そして実は既に撮影は始まっている。面接がスタートした時から、相手にはバレない様にカメラは回っていた。後で報告がてら、社長や副社長に見てもらう必要があるからだ。 『それでは始めます。サインを出したらスタートです』 『はい、よろしくお願いします』と頭を下げて言うと、彼はカメラに向かって配信を始めた。 それから約10分間、俺と緋采ちゃんはモニターに釘付けになった。緊張するかと思っていたら、面接の時よりリラックスしている様に見えた。 いつも見ている彼の配信と大差はない筈なのに、生で見ている臨場感もあって、テンポの良さに勢いもあって面白い。たまに滑舌が悪くて噛むのも、彼のキャラならではだろう。 そんな撮影も、あっという間に10分が経った。横に座っていた緋采ちゃんが、興奮気味に口を開く。 「生配信向きだ〜。っていうか、俳優でもやっていけそう」 「実は俺もそう思った。鍛えれば俳優でも充分、通用するだろうな。見た目にも人を惹き付ける物あるし、全体的に雰囲気もある」 緋采ちゃんの言葉に釣られて、つい俺まで余計な事を話してしまった気がする。 「さすが立花先生とNagiさんの従兄」 「百歩譲って縁人さんは解るけど、凪沙にそんなのある?」 「えぇ〜、同じ女性から見てもめっちゃカッコいいけどな。でも性格は可愛いからそのギャップにやられる」 「性格って……アイツ、普段はただのオッサンだぞ」 緋采ちゃんの目には、あの兄妹がどんな風に映ってるのかは解らない。だけど付き合いが長い分、知らなくていい所まで知っちゃってる俺には、到底そういう風には映らない。 「さて、挨拶に行きますか?」 「そうだな。この後まだ、書類関係の説明もしないとダメだしね」 そんな話をしていると、モニタールームのドアがノックされて「失礼します」と言いながら、野崎さんが入って来た。 「遅くなりました。終わっちゃいましたか?」 「ちょっと前に終わっちゃったよ」 「すいません。本当なら、もっと早く来る予定だったんですけど……。まぁ、挨拶は出来る様なので安心しました」 野崎さんの言い方に、何だか含みがある気がして嫌な予感がした。 「待たせちゃいますから、取り敢えず行きましょう」と、2人に言って歩き出すと、俺の後を2人が着いて来た。 ミーティングルームのドアをノックすると、中から「は~い、どうぞ」と言う声が聴こえた。 俺がドアを開けて2人を先に中に入れると、野崎さんが早速とばかりに、名刺を出して「初めまして、野崎です」と言った。 彼が「初めまして一ノ瀬結人です」と、丁寧に挨拶を返すと、緋采ちゃんも挨拶をする。 「初めまして。この事務所でVやってる、HiRoです」 「え?あっ、初めまして。ゆっぴ~事、一ノ瀬結人です」 「HiRoちゃん、新人をビビらせない。結人くん久し振り……って今はゆっぴ~の方が良いのか?あれ?」 緋采ちゃんもそうだけど、結人くんの呼び方に関しても、ややこしくて仕方ない。まぁそんな自分も、相手からすれば同じ様なものなんだろうけど。 「此処ではゆっぴ~でお願いします。え〜と……七種さん?」 「ふはっ……だよね、そうなるよな。俺の事は此処では、七種って呼んで。配信中は逆ね?」 「解りました」 「ん?お2人は面識があるんですか?」 そういえば、野崎さんにはまだ話していなかった事に気付いたが、それは今話す事ではないと思って「後で話します」と言った。 「あの、間違えてたらすみません。野崎さんって、本條青葉さんのマネージャーさんですか?」 「そうです。蓮くんと怜くんのお2人には、本條がいつもお世話になってます」 「いえ……こちらこそ。いつも弟達がお世話になってます」 物怖じせずに疑問を言葉にする。そして、とても丁寧に話しをする。俺は(縁人さんの教育……いや、あの人ほど口の悪い人も居ないからな〜)と、全く関係ない事を考えていた。 俺は書類の入った大判の封筒を取り出すと、話しを元に戻す様に話し掛けた。 「じゃあ、早速で悪いけど書類を渡すから、名前が合ってるか確認して貰える?」 「書類ですか?」 「そうです。その中に、契約書と社内での規則等が書かれた冊子が入ってます。どちらも帰宅されてから、ゆっくり読んで頂いて構いません。今はただ、契約書の所の名前だけ確認して欲しいんです」 「ん?え……えぇっ?!契約書?!」 彼は間を置いてから、椅子から立ち上がる程驚いていた。その拍子に足をぶつけたらしく、暫し座り込んで悶絶していた。その様子を見て(素でもドジっ子なんだな)と思った。 俺は彼に手を貸しながら「大丈夫?ごめんね、驚かすつもりはなかったんだ」と、驚かせた事を謝った。 「スカウト=デビューと勘違いされても困るので、一応オーディションの様な物をさせて貰っているんです。いや、声を掛けてる時点で殆ど合格なんですけどね」 野崎さんが説明すると、緋采ちゃんが続けて話しをする。 「Vに限らずね……スカウトされたからって、デビュー出来るって勘違いして来る人が、過去に結構いたんだよね。だから念の為って感じで、こういう形を取ってるんだ。本当に、ごめんね」 そう言って緋采ちゃんが、一連の流れというか、この絡繰りについて暴露を始めた。緋采ちゃんの暴露トークが終わると、今度は野崎さんが契約書の内容について話し始める。 「契約書も幾つかあります。名前を確認して貰えれば、先程言った通り、帰宅してから読んで頂いても構いません。もし何か解らない事があったら、いつでも連絡して下さいね」 「はい」 野崎さんの話しが終わると、彼は短く返事をした。そして最後に俺が話しを始めた。 「もし気が変わってこの話しを白紙に戻したかったら、それ専用の用紙も入ってる。帰ってから良く読んで、良く考えてから決めて欲しい。縁人さんに相談して決めても良いよ。とは言っても、書類提出期限は……2週間以内だっけ?」 「そうです。ただ……私か、七種さんに渡して欲しいので、どちらかが社内に居る時に届けて貰えると助かります。それとも今決めておきますか?」 俺は彼に視線を送ると、彼は黙ったまま頷いた。それを肯定と受け取って、野崎さんに「今決めちゃいましょう」と言った。 そしてお互いにスケジュールを確認し始める。解ってはいたけど野崎さんの休みが不定期で、俺は忙しいとは言え、休みじゃない限り社内には居る。 「なら、俺と予定合わせた方が早いな。ゆっぴ~くん、来月のこの辺で都合がいい……書類を持って来れる日ってある?」 俺がそう訊くと、彼は慌ててスマホを取り出して予定を確認する。 「火、木の13時以降なら来れます」 「ならこの日は?」と、指先で日付けを示しながら訊くと、彼は「大丈夫です」と言いながら、何故か少し後退りする。 「じゃあこの日の……15時に、このフロアの管理室に来て貰っていい?」 「解りました」と言う彼は、頭を下げてまた少し後退る。俺はその行動に、変な違和感を覚えながらも(まぁ、いっか)と、深読みしない事にした。 そんな結人くんの面接も撮影も無事に終わり、緋采ちゃんが下まで送って行くと言って、2人はミーティングルームから出て行った。 残された野崎さんと俺は片付けをして、管理室へと移動しようとした。俺は戻る前に一服したくなって、野崎さんに声を掛けた。 「ちょっと一服してから戻ります。野崎さんは?」 「お付き合いします」 並んで喫煙所まで歩いて行く。すると野崎さんが「七種さんが忙しいのは承知しているんですが……」と、言い難そうに切り出す。 「解ってるなら、仕事は増やさないで欲しいですね」 「社長からの指名でもですか?」 「それ絶対、面倒臭いやつだろう?」 「悪い話ではありませんよ」 (いや、それって悪い話しじゃなくても、面倒臭い話しなんだろう。てか、忙しいの解ってて指名って何なんだよ……) 下の階の喫煙所に着くと、タバコを取り出してライターを探した。タバコと一緒にポケットに入れておいた筈なのに、どこを探しても見付からない。 「良かったら使って下さい」と、野崎さんがライターを渡してくれた。 そのライターで火を点けると、ゆっくりと吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出した。持っていたライターを「ありがとうございます」と言って、野崎さんに返そうとしたら、苦笑いをして「どうぞ貰って下さい」と言った。 俺が「でも……」と言い淀むと、野崎さんは少し顔を赤くして話し始めた。 「ポケットに入ってるのを忘れていて、もう1つ持って来てしまったんです」 「意外と抜けてますね」 「こう見えてドジなんです」 「人は見掛けによらないってやつですか」 野崎さんがドジっ子だとは思わなかった。仕事はいつも完璧だったから。でもそれはあくまでも彼の一面で、そこまでの付き合いがない俺には見抜ける筈もない。 「青葉くんの方がしっかりしてます」 「あぁ……青葉も見掛けによらないよな」 青葉とは付き合いが長いのと、何故か懐かれているのもあってか、会えば色々と話しをするから大体の事は解る。 「さっきは社長の指名と言いましたけど、実は青葉くんの指名なんです」 「は?青葉の?」 「数ある企画の中から、青葉くんが「これは七種さんに撮って欲しい」と、幾つかピックアップしたんです。それを社長に報告したら、社長がOKを出したんです」 天下の人気俳優からの直々の指名。それは、一流カメラマンや監督業を夢見る者にとっては、とても光栄な事で、またとないチャンスでもある。 確かに今の青葉は魅力的で、撮ってみたいとは思う。それを本人に言った覚えもある。でもあれは個人的な話しであって、それが仕事となると話しも感情も別になる。 「俺忙しいって言いましたよね?」 「落ち着いてからでも大丈夫です。そもそも、青葉くんのスケジュールも厳しいんで、単発であっても数ヶ月は先になります」 (聴かなかった事に出来ないかな……)と思った時、ふと思い出した。 「そうっ……えっと、副社長はなんて言ってた?一緒に聴いてたんでしょ?」 「副社長は『きっと良い物が撮れるよ』とだけですね」 「何を根拠に言ってんだよ……」 青葉と副社長がそう言ってくれるのは嬉しい。社長もそうだけど、2人も見る目は確かで本物だ。それでも(俺には無理だろう)としか思えなかった。 個人的な趣味で撮るなら喜んで引き受けた。だけど仕事で撮るなら、もっとしっかりとした、実力もセンスも腕も自信も欲しい。 「取り敢えず……企画書だけでも、目を通してみてくれませんか?」 「だから、そんな暇もないって。結人くんの企画も考えないといけないんだよ」 「それは七種さん一人でやる訳ではありませんよね?緋采さんも居ますし、スタッフも一緒にやるんですから。勿論、私も企画会議には出席します」 俺はタバコを消して灰皿に捨てると、黙ったまま喫煙所を出た。そんな俺の後を追う様に、野崎さんも喫煙所を出る。 管理室のあるフロアに着くと、緋采ちゃんと出くわした。緋采ちゃんが、少し興奮気味に話しをする。 「送って来たよ〜。あのね、ゆっぴ~とLINE交換しちゃったって……七種さん何かあった?」 そう訊かれて「忙しいな〜って思ってた」と、誤魔化す様に言ったけど、青葉と同じく察し能力の高い緋采ちゃんには通用しない。疑いの目で「ふ~ん」と言ったが、すぐ話しを変えてくれた。 「そういえばゆっぴ~が気にしてましたよ」 「何を?」 「スケジュール決めてる時、七種さんと距離が近くて思わずキョドっちゃったったから、変に思われてたらどうしようって言ってました。そんな素直な所が、同い歳なのについ可愛いな〜って思っちゃった」 「ん?あぁ……」 スケジュールを考えていて、そんな所まで気にしていなかった。どうやら、彼が後退りしていた事に違和感を覚えたのは、それだったらしい。 (変なのは今日に限った事じゃないだろ。あの日だって、かなり変だった。いや、あの日は俺も変だったな……) 思い出したらおかしくなってきて、2人が居るにも関わらず笑いそうになった。 「距離が近いと言っても、そこまで近くなかったと思いますけどね?」 「解ってないな〜。ファンにとっては、同じ空間で同じ空気を吸ってるだけでも、心臓バクバクなんですよ。なのに、いくら至近距離じゃないといっても、距離が近ければ正気を保つのも一苦労なんですよ」 普段は冷静で落ち着いている緋采ちゃんが、熱く語るのは珍しいと思った。 「緋采ちゃんも、何かあった?」 「あはは……何もないですよ。ただ友達がそう話してるのを聴いて、なるほどな〜って感心したんです。今までファンの立場になった事がないから勉強になりました」 「それってただの、ガチ勢オタトークだろ」 「そうとも言えないんだよね。だって私、リアルで立花先生見た時、それに近い感情持ったし」 それを聴いて(ん?)と思っていると、野崎さんが「立花先生に会った事があるんですか?」と言う。それは俺も思った。引き籠もりのゲーマー小説家と、どこで会う事があるのだろうと、思わず考えてしまった。 「ここのVを立ち上げる話しが出た時ですね。Vの打ち合わせをしに社長室に行ったら、先客で立花先生が居たんです」 (何で居るんだよ……) 「それは凄い偶然でしたね。立花先生が原作の映画やドラマでも、打ち合わせは全て編集者さん任せなんですよ。その手の授賞式等にも一切出ないと聴いてます。とにかく人前に出る事がないんですよ。写真も一切流れませんし、SNSもやってませんから」 (あの人、そういうの大嫌いだからな……) 「実は私、先生の小説のファンで……まだ俳優やってた頃、いつか先生原作の映画かドラマに出たいって思ってたんです。その前に辞めちゃったけど……でも今は、代わりに青くんが出てくれてるから良いんですけどね」 そう言って笑う緋采ちゃんは、どこか寂しそうだった。でもそれが、どこから来る寂しさなのか解らない。 「青葉とは会った事あるんですよね?」 「最初は社長室だったらしいです……前任マネの時ですね。その後は先生から何回か食事に誘われてます」 「ホント気紛れな人だな……」と呆れ半分で、溜息と共に吐き出す。 「私も先生と一緒に配信やりたいな〜」 「配信なら予定が合えばやってくれるけど……あれだ。うちのルールで、他所属の異性とのマンツー配信はアウトだった」 「そうなんだよね……だから諦めるけど。そもそも私、FPSとか苦手だから無理だよ」 「あの人色んなゲームやってるから、緋采ちゃんも何かしら出来るのあると思うよ。それに、マンツーじゃなきゃいい訳だから……何か考えてみよ」 俺も大概色んなゲームに手を付けてはいるけど、どうしても、好き嫌いや得意不得意で放置してしまうから、縁人さんの様にゲームジャンルの幅が増やせない。 (初見でやらせたゲームでも、そこそこ出来ちゃうのが何とも言えねぇんだよな~) 縁人さんは配信でも普段と大差なく、めちゃくちゃ口悪くが悪い。でも話しは面白くて、リスナーに対してのさり気ない優しさがある。それでいてゲームの腕も確かでアドバイスも的確だ。 (だからこそ不定期配信でも、あれだけのファンがいるんだろうけど……) そんな事を考えていたら、さっさと帰ってゲームがやりたくなった。でもまだ仕事は残っている。とはいえ、今日はVの仕事だけだったので、早く終われば早く帰れる。 管理室でマネやスタッフも集めて、企画やら何やらの今後の打ち合わせをして、スケジュールを組む。あぁでもないこうでもないと、色々と調整しながらも、何とか定時ちょい過ぎには終わらせる事が出来た。 鞄を持ってからふと、特に何も連絡はなかったけど一応、映像の方にも顔を出してから帰ろうと思った。皆に「お疲れ」と声を掛けて管理室を出た。 管理室を出ると、野崎さんが「七種さん」と言って、後を追いかけて来た。 「これ、持って行って下さい」 「なんですか?」 「さっき話した企画書が入ってます」 「だからそれは……」と言った所で、言葉を切った。 今ここで、どんな理由を付けて断ったとしても、嫌でも見ざるを得ない結果しか浮かばなかった。 「はあぁ……面倒臭い。取り敢えず見るだけ見ますけど、受けない確率が高いって事は覚えといて下さいよ」 「はい、それで構いません」 笑顔で言う野崎さんを見て(しまった)と思ったが、受け取ってしまった書類袋を、今更突き返す訳にもいかない。俺は「じゃ、お疲れ様」と、投げ捨てる様に言うと、映像に寄る事も忘れて駐車場に向かった。 それが数ヶ月前の話。そして俺は今、来月から始まるVの企画書と、青葉の企画書を前に頭を抱えていた。
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