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 由貴がゲイだと知ったのは、偶然だった。  社会人三年目を迎えた春、学生時代からの女友達がゲイクラブに行きたいと言い出し、「女だけでは入れないから、稔、ついて来てよ」と拝み倒されたのだ。 「しゃあねえなあ。でも俺、そっちの趣味はないからさ。もし変なのに絡まれそうになったら、ちゃんと助けてくれよな」 「えー。稔のガタイで敵わない相手なんているわけないじゃん」  俺の不安は一笑に付されてしまったので、不承不承引き受けた。断らなかったのは、ビビってると女友達に思われるのが癪だったといういかにも小さい理由だ。  そこで由貴に出くわした。  普段の会社での姿からは、あまりにかけ離れていて、最初は気づかなかった。ネコのようにしなやかな肢体を見せびらかすかのようにフィットしたTシャツとスキニーなデニムを身に付けている。店中の男の目を惹きつけていて、本人もそれを楽しんでいるようだった。女王様のように振る舞っている彼に、俺の女友達のほうが先に気づいた。 「ねえ、あの子綺麗! すごいねぇ。さっきから、何人もの男が声掛けようとしてタイミングはかってる。でもツンとしてて、全然隙を作ってあげないんだね」  そんな風に感嘆の声をあげたのだ。それで、どんな奴だろうと何気なく視線を送って息を呑んだ。 「……?!」 「どうしたの、稔? ははーん。さては、あの子の綺麗さに目覚めちゃった?」 「いや、それはない。……似てるんだよ、知り合いに。他人の空似だとは思うけど」 「えー? 『どっかで会った?』『知り合いに似てる』って、ド定番の口説き文句すぎてウケるんだけど」  茶化された俺は、由貴に気があるわけじゃないと必死に否定する。彼女もそれ以上追及はしてこなかった。  翌日、由貴から社内SNSでメッセージが飛んできた。 「今夜飲みに行かない? 軽く」 「今日はちょっと残業になりそうなんだ」 「じゃあ明日は?」 「……分かった。明日なら」  俺は気まずくて、仕事を理由に避けようとしたが、由貴は曖昧なまま許してはくれなかった。 「稔、一昨日『〇〇』にいたよな? 新宿二丁目の」  会社から少し離れたお洒落なダイニングバーで、顔色ひとつ動かさず、淡々と由貴は口火を切る。店は由貴が選んだ。わざわざ会社の奴が来なさそうな場所を指定された時点で話の行き先は見えたようなもんだ。俺はネクタイを外しジャケットを脱いだがやたらと汗が出る。一方、由貴はジャケットもネクタイも身につけたままで涼しい顔だ。 「う、うん」 「俺もいたんだ。気付いてたと思うけど。お前いかにもノンケだし、連れの女の子に頼み込まれて嫌々ついてきたんだろうなって見え見えだったから、声かけなかったけど」 「あの……話題にして良いって意味だと理解して聞くけど、お前って……”そう”なの?」 「ああ。ゲイだよ、俺は」  挑むような強い眼差しで彼は俺を射抜く。俺はと言えば、どうリアクションしたら良いかわからなかったが、目を逸らしたら人として負けな気がして、必死に彼を見つめ返した。彼に試されている気がしたからだ。 「……そうか。教えてくれてありがとう」  俺の淡々としたリアクションに由貴は眉をひそめ、軽く口を尖らせている。 「それだけ?」 「なんか他にも言いたいことあんの? あるなら聞くけど」  手を挙げてビールのおかわりを注文して、再び彼に目線を向けると、由貴は鼻で嗤った。 「俺がゲイだって知った奴は、だいたい『お前やっぱ抱かれる方なの?』『どういう男がタイプ?』『これまで何人くらいとヤッたの?』って聞いてきたけど」  彼は神経質に指先でグラスを擦っている。 「聞いて欲しいなら聞くよ。でも、別に俺たちが付き合うわけじゃないから関係なくない? あ、そうだ。このこと、会社で知ってる奴いるのか? あと、今彼氏いる? この二つは、お前との今後の友達付き合いに影響するから聞いておきたい」 「……他の奴に喋ったりしないのか?」  口を複雑に歪めて彼は呟いた。言わんとすることが見えてきた。俺は強く、睨みつけるくらいの視線をぶつける。 「おい! 俺を馬鹿にするな。友達のお前のこんな繊細な話、言いふらすような男だと思ってんのか!」  彼は項垂れた。噛み締めている唇は少し震えているようだ。これまでの彼の戦いを察して、胸が痛んだ。 「んで、彼氏はいるのか? 今後も飲みに誘って良いのかとか、誘う頻度とか気にするからさ」  ズビッと洟をすすり、涙目で口元を歪ませて由貴は無理やりな笑顔を浮かべて見せた。 「ちょっと前に別れた。今はフリーだから、何も気にしなくていいよ」
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