波間に朝がくる

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 裸でぴったり抱き合ってみたい、とは思わなくもないのだ。  でも、おれは上の服を着たまま。胸はさわらない。っていうのがおれから頼んで決めたルール。それから、明るすぎるのも困るけれど、顔が見えないほど真っ暗なのはいやだ。体のかたちに意識が向いてしまうから。  お互いで気持ちよくなりたいけれど、自分の女の体を意識したくはない。そこのところのせめぎあいで、心理的にぎりぎり耐えられるのがこのラインだった。  風真の顔が見えていて、風真の熱が伝わって、風真がおれで気持ちよくなっているのがわかる。おれにとって一番大事なのはそのことで、だから全身を高感度センサーのようにして、風真が血まみれのおれの腹ん中でずるずる動いているのも、熱くて濡れた息をもらすのも、ぜんぶひとつもこぼさないようにする。  血なまぐさいセックスさせてごめん、とは思いつつも、風真が萎えずにいてくれるのが単純に嬉しかった。女の部分をつかうことには抵抗がある。が、気持ちよくないわけじゃないし、なにより、懸命に腰を振っている風真を見上げるのは、悪くない。気分がいい。 「風真ぁ」  シャツを着たままの腕をゆるゆると持ち上げ、風真の頬に触れる。指先で耳のまわりをくすぐるようにすると「ん」と喉奥から声をもらした。むずかるように首をすくめるのに逃げはしないのがかわいくて、さらに執拗に耳殻を擦る。 「風真、きもちい?」  小さくうなずく。目元が赤く染まっている。ああかわいい、と思いながら、風真が奥を突きやすいように腰を浮かして、中をわざと締める。風真のひかえめな喉仏が上下する。  おれは風真に抱かれながら、頭の中で風真を抱いている。風真がおれにすることをぜんぶ風真にやり返す。ただし風真はいつでもやさしいから、おれはときどきそれをなぞるだけでは物足りなくなって、妄想を盛る。風真に突っ込んで、いじめて泣かせるのをシミュレーションしていると、存在しないちんこが硬くなってくる。比喩とかじゃなくて本当にその感覚があるのだ。幻肢痛ってのはよく聞くけれど、これはどういう現象なのか。  べつに性器を挿入するだけがセックスじゃないんだから、指なり道具なりを使っておれの妄想に近いことをするのは、まあ可能だろう。というか実践済み。でもそうしているとおれのちんこが、現実には欲を満たすことのできない幻のちんこがズキズキ痛みだして、おれは、ないものを数えさせられている気分になってしまう。だから今のところは風真に挿入してもらうという、まるで普通の男と女みたいなこのスタイルがベストなのだった。  風真がもごもごとなにか呟いたので「うん?」と聞き返す。風真は無意識にかおれの手のひらに頬をすりつけてきながら、 「……うみも、きもちいい?」  そう訊いてきた。泣きそうな顔と声があんまりにもかわいくて、胸がぎゅうっと苦しくなった。たまらず両手を伸ばしてやわらかい髪の毛をぐしゃぐしゃに混ぜっかえしながら「おれもきもちいよっ」と言ってやれば、目尻をふにゃっとさせて安心したように笑う。おれの頭の中で自分がどんなことされてるのかも知らないで!  おれの高めの体温に風真がなじんで。風真が少し大きく腰を動かすと、おれの内側もそれに合わせてやわらかくなって、なんかもうそのまま融けちゃっても不思議じゃないくらい、ぜんぶがしっくりきていた。こんなにいびつなのにおれたち、つながりかたができているという事実に、ばかみたいな笑いがこみあげてくる。あーくだらねえははははは、って、そうやってばかみたいに笑わずにいられない自分を正当化したいというのが、もしかしたら、おれがこの行為をする本当の理由なのかもしれなかった。風真はどうか知らないけれど、おれと同じならいいなと思うし、違っていてほしいような気もした。経血みたいにドロッとしたものを、言葉には出さずに腹の中にとどめておいて、おれは汗ばんで眉根を寄せている風真の顔を見上げる。
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