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順番にシャワーを浴びて、血なまぐさいのをクリアにして。ちゃんとタオルを敷いていたからシーツも無事で、寝室はちょうどよく涼しくて。布団の中で脚を絡めながらぼんやり名前を呼べば、やわらかい声が返ってきていとしくなったので、おれはつい、そんなことを口走ってしまった。
風真がおれを見た。眠りのふちにいたはずの目をぱっちりと開いている。ほんの二十センチくらいの距離からまじまじと見つめてくるので、おれも黙って見つめ返す。その目に滲む驚きと戸惑いがじわじわ濃くなっていき、やがて途方に暮れたような顔になって、風真はやっと口を開いた。
「うみは、そういうの、いやなんじゃないの」
「そういうのって」
「だから……夫婦って、男女の枠組みでしょ。その中に入るのは」
いやなのかと思ってた。そう続ける声はさいご、消え入るように細くなった。困らせるつもりじゃなかったんだけどなと思いながら、おれは「そうだけど」と言った。そういえば昔、知人におれを「彼女」だと言った風真を、めちゃくちゃになじったことがある。もちろんその人と風真とはごく浅い関係で、おれのことを正確に説明する義理も必要性もなかったのだ。普段なら気にならないほど些末なことだったのに、そうだ、確かあの日も生理初日で、感情が昂るままにひどい暴言を吐いてしまった。
「今思ったんだよ。風真と結婚してえな、って」
「……思いつきでそんなこと言ったらだめだよ」
頬を撫でられ、顔にかかった髪を払われる。それがなんだか女にするような手つきだったのが気にくわなくて、風真の手を引っ掴み、中指の先をかじった。
確かに思いつきなのだけれど、なんだかおれにはずっと前から考えていたことみたいにも思えた。だからそれを伝えるべく言葉を並べ立てる。
ほら、おまえさ、もっと駅近に引っ越したいって言ってたじゃん。いっそのこと買うとかどう? 一軒家でもマンションでもいいんだけどさ、そのためには夫婦になっといたほうが都合いいだろ。内縁の妻とか思われたら癪だしな。こどもだってつくってもいいし、将来のこと考えたら、やっぱ持ち家のほうが、
「ちょ……、ちょっと待って、ストップ」
人が喋っているのを遮るという風真らしからぬ行動が、動揺の大きさを物語っていた。おれはおとなしく口を噤む。風真はひとつ深呼吸をしてから言った。
「家はともかく、こどもって言った、今?」
「言ったよ。こども産んでもいいよ、おれ」
おまえこども好きじゃん。おまえがほしいなら産んでやる。そう告げたら風真はいよいよ頭を抱えた。
「ごめん、うみがなに言ってるのか、俺ぜんぜんわかんない」
「え、まさかおれ、ふられんの?」
「ふらないよ。ふらないけど、……なんか今日のうみ、変だよ。寝たら?」
変かな?
そうかも。生理初日だし。確かに眠い。
でもさ、だってさ。
おれは風真がほしくてたまらなくて、心も体もぜんぶじゃないと気が済まなくて、できるだけ隙間なく重なる方法を探して探して探していて。だからセックスもしているわけで。
それで、たとえば、もしこどもができたなら、って思ったんだ。さっき抱き合っている最中に。
おれは間違ってこの体に生まれてきた。でも風真と結婚して風真のこどもを産めるなら、結果オーライこれでよかったって思えるかもしれない。結婚という制度もこの体も、使えるものは使えばいい、なんてふうにはまだ割り切れない。でも風真と生きていくことの形のひとつだと思えば、そんなのもありかもなって受け入れられるんだ。
「だからさ、風真、おれと結婚して」
風真は片手で目元を覆ったまま、おれが訥々と語るのを聞いていた。二度目のプロポーズを捧げたおれに、しかし風真の反応は鈍く、またしばらく沈黙が続いた。辛抱強く待っているとやがて風真が顔から手を離した。その手はそのままおれのほうへと伸ばされる。
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