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「俺はずっと、うみと結婚したいって思ってた」
おれより大きな風真の手に、そっと頭を撫でられる。くすぐったい感触に頬が緩むが、
「でも、いやだ。しない」
そう続いた言葉に、今度はおれが目を見開く番だった。
「は? なんで」
「……もう寝なよ、うみ。またあした話そう」
こっちこそ意味がわからない。その流れでなんで、しない、になる。追及したかったが、風真に抱きよせられて、出かかった言葉が喉でつかえた。
おれの後頭部を撫でる手が、プロポーズを断った直後とは思えないほどやさしい。それがやっぱり女扱いされているようでムカついたのだけれど、同時になぜか、ひどく安心した心地になってしまった。風真という温かな海にのみこまれたようだった。
どのみち風真は意外と頑固なので、風真があしたと言うなら、話の続きはあしたなのだ。そう思ったら急激に眠気が膨らんで、風真のぬくもりに包まれたまま、抗わずに瞼を閉じる。
寝落ちるときの、ふわりと体が宙に浮く感覚。
閉ざされた視界に、なんだろう、きらきらしたものが広がりはじめた。星のような粒がいちめんに散らばり、不規則にまたたいている。夢の入り口にいるのを自覚しているおれの耳に、風真の声が――これは夢じゃなくて、たぶん現実の声が、溶けこむように入ってきた。
「俺は、うみの生きる理由になりたいんじゃない」
ゆっくりと言い聞かせるような声音に、ああ、と思う。これは女に向けるものではなかった。やさしくて甘い、こどもを諭す声に背を押され、意識がゆっくりと落ちていく。
「うみと一緒に生きたいんだ」
風真という海に包まれる。
そんなイメージがそのまんま、風真と海にいる夢になった。
おれたちははだしで、打ち寄せる波はつめたくてあかるくて、さっききらきら見えていたのは陽のひかりの反射だとわかった。
おれが歩き出せば、当たり前のように風真がついてくる。風真がおれを追い越していけば、おれは急いでとなりに並ぶ。そのことになんの理由もなくて、ただおれたちがそうしたいだけ。
そうだった。なんの理由もなくたって一緒にいていいのだった。
簡単なことを忘れてしまっていたおれをからかうように風真が笑った。風真と一緒にいたい気持ちは、死にたさが見せる幻なんかじゃない、と思った。
ひたひたと波に濡れているおれの足はやたらと白くて小さい。この体で生きていく限り、死にたさはずっとおれにつきまとう。でもそれと戦うために風真が必要なんじゃなくて、おれはきのうもあしたもずっと、風真がまるごといとしいだけだ。
助走をつけて、おれよりうんと背の高い風真に飛びつく。ふたりで倒れこんで大きくしぶきが上がる。ずぶ濡れになったって夢だからいいのだ。風真の笑う顔の向こうに波がきらきら輝いている。
これからも何十回、何百回と死にたい朝がくる。その何百回めかのときにも、この夢のように風真がいてくれたらいい。ふたりきりでもいいし、風真によく似たこどもがいるのもいいかもしれない。なんの打算もなく素直にそう思って、そんな自分を可笑しく感じながら、おれは今度こそ夢のずっと深いところへ飛びこんでいった。
朝がきたら、風真に三度目のプロポーズをしなければならない。
了
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