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プロセルフ・アート
閑散とした暗い空間に響き渡る摩擦音。
かれこれ十数年という長い年月聞き続けた馴染みのある音だ。
音を奏でるペン筋とスクリーンを凝視しながら、私は線を引いた。私の手の軌跡を追うように生成される黒いインク。それが、一瞬にして消える。描いた線に納得が行かず、『逆戻り』の操作をした。
もう何度同じ動作を繰り返してきたことだろう。
かれこれ一時間もの長い間、私はたった一筋の線を描くのに手こずっていた。まるで私だけ時間が止まったような感覚だった。
「ピコンッ」
葛藤していると、向かい合ったスクリーンの隣にあるパッドから通知が流れる。視線を動かすとSNSで反応があったことを示すメッセージが送られていることが分かった。私の描いた作品に誰かが『いいね』をしてくれたみたいだ。
私は内容を見て思わず微笑んだ。パッドのロック画面を解除し、SNSを覗く。
そして、今度は落胆した。SNSには私よりも遥に優れた技量を持つ絵師がたくさんいることに気づかされるからだ。それらの大半はこう呼ばれている『AI絵師』と。
人工知能による画像生成技術が革新されたことで『人が上手と思えるような絵』を人間の数万倍の速さで作れるようになった。
それを嬉しく思う人もいれば、悪く思う人もいる。私は絶対的に後者だった。
自分が長期間かけて作った傑作が自分より優れた物が短期間かけて作った凡作に埋もれていく様を目の当たりにして、喜ばしく思えるわけがない。
私は彼らに追いつこうと努力した。だからこそ、一筋の線を引くのに数時間もかかっている。私のこんな苦労を知らず、彼らはこの数時間で数千万、数億の線が引けているのだろう。
「私は何をやっているんだろう……」
絶望にひれ伏した私は、脱力するように椅子にもたれかかる。背もたれを倒し、わずかに光る蛍光灯へと目を向けた。
自分は今まで何をやってきたのだろうか。こんな私がこの世で生きていていいのか。時々、大きな不安が私を覆い尽くす。せっかくもらえた称賛の声が、自分の不安に打ち消されていく様を目の当たりにし、さらに落ち込む。まさに負のスパイラルだった。
「気晴らしに街を歩くか……」
これ以上、絵と葛藤していても埒が明かない。気分を転換させてからまた取り組もう。
重たい身体に無理やり言い聞かせ、椅子から立ち上がる。身支度を整えると、私はのそのそと外へと出ていった。
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