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思わず振り返ると、彼が此方に向かってゆっくり歩いてくるのが見えた。
「何。お前も猫被ってたの? 俺ら本当すげえじゃん。やっぱ運命?」
笑みを浮かべながら髪をかき上げる律くん。思ってもみなかった事態に一瞬思考が停止する。
「本当は王子様キャラでいこうと思ってたけど結構難しいな。やーめた」
ついさっきまで優しそうな王子様だったのに、あっという間にイケイケなヤンキーみたいになってしまい詐欺られた気分になる。
顔も性格も完璧な人なんてそう居ないよな、とガッカリしつつも現実を少しずつ受け入れる。
ーーというか、こんな奴相手にしてる暇ないんだった。
1人で喋り続けるヤンキー男を無言でスルーし、足早にその場を立ち去ろうとする……が。
「何シカトしてんだよ。待てって」
そう言って律くんは隣を歩き出す。何だろう、先程まで隣を歩く事さえ恐れ多かったのに今は何とも思わない。
やはり人間中身なんだという事を身をもって知った。
「急いでんの。話しかけないで」
「冷たっ! さっきまで俺の事好きだって目で見てた癖に」
「なっ……!? んなわけないでしょ!」
唇を尖らせる律くんを思わず睨みつける。
どれだけ自信過剰なのだろう。そりゃ、多少は良いなと思ったけれど。会って数時間で好きになる程簡単な女ではない。
「また惚れさせよっと」
「ハハッ、無理無理」
相手にするのも面倒なので、適当に相槌を打ちながら歩く。
その後も口説こうとしてくる律くんをかわし続けつつ体育館を見事探し出し、始業式がギリギリ始まる直前に何とかたどり着いた。
1時間もかからずに式が終了し、皆各々教室へ戻り始める。
そんなクラスメイトを視野に入れながら、思考を巡らせる。当たり前だが、私は今のところ律くんとしか話せていない。
友達を作って楽しい高校生活を送りたい……わけだけど。
それぞれ数人で固まって移動する女子達に思わず溜め息を吐きそうになる。2学期ということもあり既にグループが出来ており、正直話し掛けにくい。
さてどうしようか。このままだとこれからぼっちで過ごすことになってしまう。流石にそれは避けたい。
「なんか困ってる? 大丈夫?」
誰になんて話しかけようかと思案していると、ふいに背後から声を掛けられる。
ーー女の子!?
突然の事に驚き勢いよく振り返ると、黒髪ストレートの長身美女が笑みを浮かべて立っていた。
「ありがとう。平気だよ! ……えっと、名前聞いてもいい?」
「勿論。私は飯島結奈、よろしくね」
「こちらこそよろしく! あの、結奈ちゃんて呼んでもいい?」
「いいよ。じゃあ私も莉月ちゃんて呼ぼうかな。いい?」
「全然いいよ。嬉しい!」
この学校に来て初めて女子に話しかけられた。話す相手ができた事に心底安堵する。
高校一年生にしてはひどく大人びて見える彼女。いつも実年齢より幼く見られがちな私とは正反対だが、驚く程話が合った。相性が良いのかもしれない。
私達は教室へ戻る短い時間の中で、あっという間に打ち解けていた。
「友達できたみたいだね。良かったじゃん」
席に戻ると、既に着席していた律くんが頬杖をついて此方を見ていた。
「……そっちこそ女の子の友達が沢山できたみたいね」
体育館からの帰り道、律くんの周りには一気に女子達が集まり彼を質問攻めにしていた。それに嫌な顔ひとつせず答えており、慣れているんだろうなと遠目に見てて思った。蔑ろにしない所は好感が持てる。
「嫉妬しちゃった?」
ニマニマしながら聞いてくる律くんを睨みつける。
「んな訳ないでしょ」
眉を寄せながら窓の外へ視線を移す。もう無視しておこう。女子からあらぬ疑いかけられたくないし。
まだ1日始まったばかりだけど色々な事があったな、と頭の中を整理してから授業に臨んだ。
「じゃあまた明日!」
本日の授業が全て終了し、やっと放課後。
結奈ちゃんとは家が真反対らしく、校門前で別れて1人帰路に着く。家が近くだったらもっと話せたのにな、と少々残念に思いながら歩みを進める。
もっと仲良くなって放課後遊びに行きたいな。明日からまた楽しみだ。
数分歩いただけであっという間に見えてきたまだ慣れない私の新しい家。疲れたし夕飯の時間まで昼寝でもしようかな、などと考える私の背後からーー。
「あれ、りっちゃん?」
聞き覚えのある声がした。嫌な予感がしつつゆっくり振り返ると、予想通りの人物がそこに居た。
「律くん……」
何故ここに居るのだろう? そういえば朝ぶつかった時、家が近いと言っていたことを思い出す。
もしかして、この辺なのだろうか。
流石にご近所さんだったら嫌だなと内心思いながら彼を見上げる。
「家どこ? ここら辺なの?」
「りっちゃんもしかして来たいの? 良いよ。今の時間だったら親居ないし」
「アホ。行くわけないだろ。家近かった嫌だなって」
「うわ直球ー。りっちゃん本当おもしれーわ」
話が進まないから面倒になってきた。
自分の家の目の前に来たので、1人で爆笑する律くんを放置して門を開ける。すると、ピタリと笑い声が止んだ。
「え、そこりっちゃん家なん?」
「そうだけど? 家来ないでね。来たら通報するから」
「いやーそれは難しいかも」
「は?」
「だって俺ん家隣だし」
「はああ!?」
大声を出しながら右隣の家の表札を確認すると、確かに【藤堂】と書かれている。
うわーまじか。本当に運命じゃんこんなの。
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