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頭が追いつかなくて、私はそのまま家の中に逃げ込んでしまった。
「ちょ、りっちゃん!」
驚いた声で呼ばれるが、気にせず玄関の鍵を閉める。
「なん、なの本当に」
偶然が重なり過ぎている。
隣にあの男が住んでいると思うと何とも言えない気持ちになる。
靴を脱いで2階の自室に直行し、ベッドに倒れ込んだ。
若干憂鬱な気持ちになりながらも、無事に友達ができたことをまずは喜ぼうと帰り際に交換した連絡先を見つめ笑みを浮かべる。
すると結奈ちゃんからLINEが届いた。
『これからよろしくね。ところで明日って暇?』
もしかして遊びに誘ってくれるのかな。ニヤける頬をそのままに、すぐさま返信。
『暇だよ〜』
『じゃあ今日言ってたカフェでも行かない? その後カラオケでもどう?』
『行こ! すごく楽しみ』
早速遊ぶ約束をしてしまった。先程までの嫌な気分が一気に吹き飛び、頭は明日の事でいっぱいになっていた。
彼女のお陰で高校生活が楽しくなりそうだ。期待に胸を膨らませた。
次の日の放課後。
HRが終わると同時に結奈ちゃんと共に学校を出た。
カフェでお茶をして、近くのカラオケ店に入ろうと自動ドアを潜り抜ける。
「あそこの紅茶とスコーン美味しかった! また行きたいね」
「うん。行こう」
他愛のない会話をしていると、突然後ろから何者かに腕を引っ張られた。
「わっ、なに」
振り返ると、神妙な顔をする律くんの姿。何故こんな所に?
「私受付してくるね」
その雰囲気を察してか、結奈ちゃんは気まずそうな表情で私達から離れた。
せっかく楽しんでたのに……でもこの表情。何かあった? 普段とは違う感じに違和感を覚える。
「……りっちゃん、帰ろ」
彼が一言そう言った。
「は? いや、これから2人で歌う予定なんだけど」
思ってもみなかった言葉に戸惑うが、しっかりと自分の意思を告げる。どうしてそんな事を言うのだろう。
「話は終わった?」
受付を終えた結奈ちゃんが戻ってきた。先程とは打って変わって少々高圧的な態度なのは気のせいではないだろう。
楽しい空間を突然邪魔されたのだから、こんな風になっても仕方ないのかもしれない。
「あー、うん。悪かった」
結奈ちゃんから目を逸らすと、律くんは此方に一度視線を寄越して何か物言いたげな顔をしながらカラオケ店から出て行った。
一体何だったのだろう。
首を傾げる私の手を握り、部屋まで誘導してくれる結奈ちゃん。
5、6人入れそうな2人にしては少し広めの個室に入り、黒い硬めのソファに腰を下ろす。
ーー律くんどうしたのかな。
いつもと違った雰囲気が何だか異様ですごく気になった。
「莉月ちゃんどうかした?」
結奈ちゃんは隣にぴったりとくっついて座ると、心配そうに顔を覗き込んできた。何となくだが距離が近い気がする。友達同士の距離ってこんな感じだっけ、混乱する私の頬に手を添えて恍惚な表情を浮かべる彼女。
「藤堂くん、きっと他の子から聞いちゃったんだろうなぁ」
するり、と頬を撫で更に顔を近づけてきた。もう片方の手で太腿を触れられ、ビクッと身体が反応する。
「ふふっ、可愛い。私がクラスで孤立してた事気づいてた? その理由、考えたりしなかった?」
それは薄々気づいていた。もしかして、その理由がコレ……?
「私可愛い子なら誰でも食べたくなっちゃうの。クラスの子何人か襲ったらすぐ噂になってさ。皆に嫌われちゃった」
恥ずかしそうに笑う結奈ちゃんに顔が強張る。強引に顎を掬われ、唇を奪われた。
「ん、」
「可愛い」
私の口端に付いた唾液をぺろりと舐め取り、結奈ちゃんは満足そうに目を細めた。そのまま流れるようにソファに押し倒されてしまう。硬直している身体を必死に動かし抵抗を試みる。……が、力が意外と強く腹の上に乗る彼女を退かす事が出来ない。
「もう、本当にやめ、」
どうしよう、混乱する私の耳にーー。
ガチャ、と個室の扉が開く音がした。
「だから帰ろうって言ったのに」
不貞腐れたようにそう言いながら中に入って来た律くん。すんなりと結奈ちゃんから引き剥がし、優しく抱き留めてくれる。
「なんで邪魔すんのよ!?」
「決まってんじゃん。りっちゃんの事が好きだから」
キレる結奈ちゃんを真っ直ぐに見つめて躊躇なく放たれた言葉。
どうせ他の女子にも好きだの何だの言ってるって分かっている筈なのに。
わざわざ心配して助けに来てくれて、その上こんな事を言われて、流石にドキドキしてしまう。
「じゃ、今日はゆっくり休みな」
律くんに付き添われながらカラオケ店を後にして、家の門の前に着くと彼は優しい笑みで私の頭を撫でるとすぐに自分の家に帰って行った。
何かやばい、かも。
自室に入り、その場に力なく座り込む。単純だとは分かっているけど、認めたくなんてないけど。
ーー好きになりかけている。
恋が始まる予感がして、胸が高鳴った。
完
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