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「ここです」
「じゃあ、このまま車を駐車場へ停めさせてもらうね」
「はい」
家の前に着くと、何も停まっていない駐車スペースに、香川さんが車を停めた。
サイドミラーを確認しながらハンドルを操作して、一回の切り返しでばっちりと駐車が完了した。
「じゃあ、行こうか?」
「はい」
車から降りると、玄関へ向かって歩き出す。ずいぶんと年期の入った家は、あんな大きくてキレイなホテルを経営している家の息子である香川さんからしたら、信じられないようなものだろう。
少し恥ずかしさを感じながらも、先を歩きながら玄関までやって来ると、扉を開けた。
――カラカラカラ――
昔の家特有のスライドさせた時に鳴る音が響き渡る。音を聞きつけた両親が、リビングからこちらへ向かって歩いてきた。
「ただいま」
「おかえり」
「あの……香川さん、どうぞ」
玄関の外で待っている香川さんに声を掛けると、ゆっくりと玄関へ入ってくる。
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません。私、絢斗さんの知り合いで、香川俊輔と申します」
「どうも。絢斗の父です」
「母です」
「いきなりの訪問に驚かれたと思いますが、今日は紹介したい仕事があったので、絢斗さんにお願いをしてこちらの方まで来させていただく形にしました」
「仕事ですか?」
「はい。絢斗さんからお父様の会社のことは伺っています。そして、今はお仕事を探されていると聞いたので」
「探してもなかなか条件が厳しくてね。正社員では難しそうなんだ」
「失礼ですが、お父様は車の運転はされますか?」
「もちろん。社員の送迎なんかもしていたよ」
「送迎を。でしたら話が早いです。お父様さえよろしければ、香川グループの社長である兄の専属運転手として働いてもらえないでしょうか?」
玄関先で話が進んでいくのを、絢斗と母親が見守っていたけれど、「ここじゃあれなんで、中へどうぞ」と母親が言葉を投げ掛けた。
「まあ、どうぞ」
「では、失礼いたします」
それに続くように父親も中へ入るように伝えると、香川さんは丁寧に靴を脱いで揃えて背筋を伸ばして立ち上がり、父親の後ろを一定の距離を保ちながら歩いていく。
絢斗はそんな二人の背中を見つめながら、ゆっくりと足を進めた。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
母親がリビングからお茶を運んでくると、そっと二人の前に置いた。
「香川さんとおっしゃったかな……」
「はい」
「もしかして、あの大手のホテル財閥の香川グループの?」
「はい」
「そんな人がどうして絢斗と?」
香川グループと聞いただけですぐにホテル経営だとわかったということは、やはりとてつもない大企業の御曹司なのだろう。
そんな人と絢斗が知り合いだということに、両親は驚いているようだった。
それも、十以上も年の離れた二人がどうやって知り合うのか――そこにも疑問があるみたいだ。
「彼の働いていたスーパーで、お世話になったんです。困っているところを助けて頂いて」
「ほう、そうでしたか」
「それで僕もなにか力になれればと思いまして。こうして伺った次第です」
「そうだったんですね。うちの息子が……」
「はい」
「それに、私の仕事のことまで気にかけてくれるなんて何だかすまないね」
「いえ、そんな。どうでしょうか、お父様さえよろしければ専属運転手になってもらえませんか?」
「少しだけ考えさせてもらえないだろうか? まだ社員全員の就職先が見つかったわけじゃないので、放り出して私だけというわけにはいかなくて……」
「なるほど、わかりました。できれば前向きに考えてもらえると助かります」
「本当にありがとう」
両親は、会社が潰れて途方にくれているのかと思っていた。
働きにでないのは、何もやる気力がなくなっているからだと思っていた。
でも、違ったってことなのか?
「絢斗にも、迷惑かけてしまって申し訳ない。あともう少しだから……」
「うん……」
父さんが香川さんから俺へと向き直ると、ゆっくりと頭を下げている。
その眼差しは、決して死んでなんかいない。しっかりと色を持っているんだと思えた。
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