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家を出て、約束のカフェへと足を進める。どんな顔をして香川さんに会えばいいのだろう?
あの日以来、何をしていても彼のことが頭から離れなかった。
もう一度、あの優しくて温かい腕の中に抱きしめられたいと思っていた。
誰かをこれほどに欲しいと思ったことなんて今までなかった。
そんな自分に正直戸惑っているのも事実で、このまま離れられなくなってしまうことが怖かった。
それでも、もう一度会いたい――。
その気持ちだけを胸に、絢斗はカフェのドアを開けた。
店内に入りカフェオレを注文し、空いている二人掛けのテーブル席へ腰を下ろすと、緊張のせいか喉が渇いていて、すぐに一口流し込む。
「ふぅ……」
少しだけその緊張がほぐれたせいか、小さく息を吐き出していた。
しばらく一人で待っていると、下を向いていた絢斗の前が急に光を遮られ、ゆっくり顔を上げると、目の前にはこの間とは少し雰囲気の違う俊輔が姿勢良く立っている。
「待たせちゃったね」
「あっ、いえ……」
この間はすごく高そうなスーツを身に纏っていたのに、今日は紺色のごく普通のスーツに青色のネクタイをしている。
もちろん、初めて会ったときも素敵だと思っていたけれど、どちらにしてもスーツが良く似合うと見惚れてしまう。
「じゃあ、行こうか?」
「あっ、どこへ……?」
「ゆっくり話せるところ」
「ここじゃなくて……?」
「いいから。ほらっ」
そう言って、スマートに手を差し出され、つられるように手を差し出すと、そのまま握りしめられる。
飲みかけのカップを慌てて持ち、出口付近にあるゴミ箱の上に置くと店を出た。
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