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きっかけ
香本絢斗の家は、小さな印刷会社を経営していた。
中三の夏辺りから経営が上手く行かなくなっていることには、両親の雰囲気から何となく気づいていて、それでも自分から何かを問いかけることはしなかった。
それは、たった一度だけ訊ねたときに、母さんの言った『大丈夫』という言葉を聞いていたからだ。
だけど、会社はどんどんと経営不振に陥り、大学へ入った頃には首が回らないくらいまで傾いていた。
弟も妹もまだまだ小さい――。自分だけが生活するお金はアルバイトで賄えても、家族全員となると到底足りるわけがない。
自己破産をするしか選択肢のなかった会社は、見事に全てがなくなった。
途方にくれる両親は、生きる気力さえ失ってしまっている。
どう考えたって、自分しか動ける人間がいなかった。
とにかく毎日がむしゃらに働いていた。朝は新聞配達から始まり、大学で講義を受けた後は、高校生の頃からアルバイトをしているスーパーで閉店まで働き、それが終われば工事現場で警備の仕事に就いていた。
それだけ働いてももらえる額なんて大したものではなくて――気がつけばスマホの履歴は、【楽して稼ぐ方法】で埋め尽くされていた。
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