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高校生までは、どこにでもある普通の家庭で、どちらかといえばおおらかな父親と明るい母親、弟も妹も元気一杯でいつも賑やかだった。
絢斗は、そんなみんなを見ながら自然と笑顔になっている――そんな家族だった。
「っとに、お前たちは落ち着きがないな」
「だって、父ちゃんがかまってくれないからだもん!」
「これが終わったら遊んでやるから、先におやつ食べなさい」
「えーっ、たかいたかいしてよ」
休日に仕事を持ち込むことのなかった父親が、やけに険しい面持ちで何か作業をしていた。
「ほらっ、兄ちゃんがたかいたかいしてあげるから、二人ともこっちにおいで」
「えーっ、父ちゃんがいい」
「そんなこと言わないで、ほらっ、こっち」
幸人と幸香に向かっておいでと手招きすると、名残惜しそうに振り返りながらも、しぶしぶこちらに向かって歩いてくる。ふと、父親へ視線を向けると、「すまない」というように手を合わせているのが見えて、首を横に振って答えた。
「よし、どっちから先にする?」
「ぼく!」「わたし!」
勢いよく同時に手を上げて答える二人に、思わず笑ってしまう。
「こらこら、お兄ちゃんが困るでしょ。じゃんけんしなさい」
「まけないぞ」
「まけないもん」
すかさず助っ人に入った母親に助けられたものの、今度はじゃんけんの真剣勝負が始まった。
「「じゃんけんポイ、あいこでしょ」」
どちらも譲らない攻防戦が始まる。三回勝負と決め、今は2ー2の引き分けだ。泣いても笑ってもあと一回で勝負が決まる。見ているこっちがハラハラする。
「「じゃんけん――ポイ」」
幸人がグーで、幸香がパーを出していた。
勝負が決まった――。
「よし、じゃあ幸香。おいで」
両手を広げて名前を呼ぶと、嬉しそうにニカッと笑って駆けてきて腕の中に飛びついてくるのを、力一杯受け止めた。
そして、そのまま抱き抱えると、幸香の体を思いっきり高く上げる。
「うわーっ、たかーい!」
「兄ちゃんだって、結構すごいだろ?」
「うん、すごいね! ゆきにぃ、あやにぃすごいよ。めちゃたかい」
飛行機みたいに両手を左右一杯に伸ばしてはしゃいでいる。
その横で、頬を膨らませている幸人を見ながら、「じゃあ、交代」と告げると、「えーっ」という声と、「やった」という声がハモった。
「幸香、交代しなさい」
「はーい」
再び母親からの助け舟が出る。素直に聞き入れたのを確認すると、ゆっくりと幸香の体を下ろしていく。
「よし、幸人。おいで」
「うん」
さっきと同じように両手を広げると、幸香と同じように勢いよく飛びついてきた。その体を力一杯受け止めると、高く持ち上げる。
幸香よりも体格もしっかりしているし、思っていたよりもずっとずっと重いけれど、まだまだ持ち上げられる重さだ。
「うわー、たかい!」
「楽しい?」
「うん! たのしい」
嬉しそうにはしゃいでいる姿に、自然と笑顔になる自分がいた。
「ゆきにぃ、あやにぃもとうちゃんみたいにちからもちだよね」
「そうだなー。あやにぃ、すごい!」
「じゃあ、これからもたまには兄ちゃんがしてやるから、ケンカはなしだぞ」
「「わかったー」」
二人で顔を見合わせながらニカッと笑って大きな声で答えてきた。
さっきまでどっちが勝つか負けるかの勝負をしていたことなんて、すっかり忘れているんだろう。
「さあ、おしまい。手を洗っておいで。おやつあるから」
「えーっ、もういっかいやってよ」
「幸香、一回ずつね」
「……はーい」
ゆっくりと幸人を下ろすと、二人して手を洗いに洗面所へ走っていく。その後ろ姿を目で追いかけながら、絢斗はその場に胡座をかいた。
「二人とも重くなったでしょ?」
「うん。最近、抱っことかしてなかったから、ビックリした」
「二人ともお父さんっ子だからね」
「いいことじゃん」
「まあね……」
何となく母親の空気感が変わった気がした。いつもなら何も聞くことはしないのに、どうしてか流すことが出来なかった。
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