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俊輔の過去
俺と兄の俊哉は、物心着いた時にはすでに違う道を歩んでいた。
世界に通用する大手ホテル企業の香川グループの跡継ぎとして産まれた俺たちは、当たり前にように幼い頃から英才教育を受け、きちんとしたマナーを叩き込まれてきたけれど、俊哉が小学校の高学年になった頃から、父は兄ばかりに手を掛けるようになった。
それを見ていた母もまた、俊輔よりも俊哉の世話ばかりするようになっていった。
子供心に寂しさを感じていたのかもしれない。もっと自分のことも見て欲しい。もっと自分のことも誉めて欲しい。初めはその気持ちもあって精一杯に努力した。
「見て、見て。テストで100点取ったよ」と、用紙を見せたりもしたけれど、いつも誉められるのは兄さんだった。
そして、俺は期待されている兄さんに嫉妬しながら頑張ることを辞めた。
別になに不自由なく生きてきたはずだった。ただそれよりも俺は、父さんの愛情が欲しくて堪らなかった。
「俊輔、ほらっ、一緒におやつを食べよう」
「一緒に勉強をしよう」
「一緒に出掛けよう」
「俊輔、俊輔」
兄さんは、いつでも俺の名前を呼んで笑顔で手を振ってくれていた。そんな兄さんが俺は大好きだった。
距離を置くようになったのは、俊輔が小学三年生の頃だっただろうか。
兄さんと庭でキャッチボールをしている時に、父親が放った一言が原因だった。
勉強の合間に二人でキャッチボールをしようとボールとグローブを持ち庭へ駆け出した。
どちらもスポーツはそれなりに出来るということもあり、投げてはグローブに受けるボールのスパッという音が鳴り響く。
「今度は最速で投げるよ」
「いいぞ。来い!」
グローブを構えた兄さんに向かって、俺は振りかぶって投げようとしたその瞬間――、
「俊哉、何をしている!? 遊んでいる暇などないだろう。そいつとお前とじゃ背負うものの大きさが違うんだ。戻れ!」
顔色一つ変えずにどすのきいた太い声で放たれた言葉に、一瞬でその場の空気が変わった。
そして兄さんは俺の元へ走ってくると、「ごめんな」と告げて父さんの方へと戻って行く。
同じ兄弟なのに、背負うものの大きさが違うから一緒に遊ぶなと突き放された気がした。
俺だって父さんの息子なのに――。
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