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「くすぐったい……」
「さっきまで俺もそんな感じだった」
「でも、誰かにこうやって洗ってもらうの、どれくらいぶりだろ? 弟や妹のを自分が洗うことがあっても、洗ってもらうことはもうないから」
「たまには悪くないって思わない?」
「そうですね」
時々顔を横に向けては、前を向くを繰り返しながらの会話で、彼が俊輔とちゃんと話そうとしてくれていることが感じられて、すごく嬉しかった。
そして、彼には兄弟がいることもわかる。背中を洗ってあげるくらいということは、まだ小学校低学年くらいだろうか?
随分と年が離れているのかもしれない。
「弟や妹とは年が離れてるの?」
「離れてます。弟が小二で、妹が小一」
「そうなんだ。可愛い?」
「めちゃくちゃ可愛いです。兄ちゃん、兄ちゃんってくっついてくるから、つい抱き上げちゃいますね」
「へえ……羨ましいな。俺は二つ年上の兄がいるけど、そんなに仲良くなかったから」
「そうなんですね。でも、無い物ねだりなのかもしれないけど、俺はお兄ちゃんって存在に憧れます」
「確かに。俺も弟や妹に憧れてるかも……」
二つ年上の兄とは、幼い頃に遊んだ記憶がおぼろげに残っているだけだ。物心ついた頃から家業を継ぐための英才教育を受けていた兄は、両親のしいたレールの上を逆らうことなく進んでいた。そして、今は立派に香川の名を継ぐ後取りとなり、ホテル業界のトップになっている。
俊輔自身もそれなりの教育を受けていたが、家とは全く関係のないIT企業の部長兼、社長補佐としてそれなりに忙しく日々を送っていた。
気がつけば、お互いに近づくことも、会話をすることもなくなっていて、大学卒業と共に俊輔が家を出て以来、もう十年以上会っていない。
「香川さんは……その……」
「ん?」
「あのお店に来たってことは……?」
さっきまでと違って、顔を前に向けたまま伏せがちに話していることから、何となく察しがつく。
「今は特定の相手がいなくてね。時々あの店で相手を見つけるんだ」
「一夜限りってことですよね?」
「そうだね」
「今日もそのつもりで、俺と……」
「そうだよ」
「男の人が好き……なんですか?」
「……初めて人を好きになったのが、中学の時の同級生だったんだ」
「へえ……そうなんですね」
物心ついたときからだった。初めて好きになった人は中学の同級生で、クラスで少し浮いている存在の自分とは正反対の男子だった。
真面目で校則をしっかりと守る優等生の俊輔と、髪を茶髪に染め、着崩した制服で授業中は平気で居眠りしているような決して真面目とはいえない奴で――だからだろうか、気がつけばあいつを目で追っていた。
「もしかして……いま、その人のこと……思い出してます?」
「えっ、いやっ……別に……」
核心をつかれ、思わず心臓がどくんと跳ねる。久々に思い出したようにあの頃の感覚が、とても懐かしいようなくすぐったいような感じで押し寄せてきた。
「何か、ちょっと妬ける……」
「えっ?」
「あっ……やばっ……」
「今のって、どういう意味……?」
初めて会ったばかりの十以上年も違う男に対して冗談で言えるような言葉ではないことだけはわかる。
しかも、無意識だったのか――マズイって表情が見てとれるだけに、何となくざわざわと胸が騒ぐ。
「えっと、後は自分でやるんで……」
話をそらすようにそう言った彼に、俊輔は「わかった」とだけ伝えると、背中に置いていた手を離した。
「先に出て待ってるから……」
「はい」
シャワーでさっと身体を流し、先に外へ出てタオルで軽く水分を拭き取り、そのまま腰に巻くと、冷蔵庫にはいっているペットボトルの水を取り出して口に含む。
火照った身体が一気に冷めていく――。
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