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映画の撮影もいよいよクライマックスで、彼とのシーンもあと1つとなった。
記憶を取り戻した男が刑事から逃げて、殺人現場にいくと、真犯人が待ってる。
その真犯人が刑事と同じ顔をしている。
なかなか複雑なシーンだ。
だが、俺はあの日から変だ。
彼の顔を見れなくなってしまった。
嫌いになったとか、そういうんじゃない。
彼はいつも通りだ。
俺の様子がおかしいことに気付いてるのか、前ほど近づいてこなくなったけど。
本番が始まる前、トイレにこもった。
新人のとき、よくこうして色々考えた。
何も答えなんてでないのに。
「なにしてるの?」
彼がドアをノックした。
「なにってトイレに決まってるだろ。」
「30分も?」
「...お前が悪いんだ。」
「そうかもしれないね。」
「俺をかき乱すなよ。」
「うん。」
「この仕事が終わったらもう二度と会うことないんだから。」
「そうかもね。」
「そうかもね?」
俺はトイレのドアを開いた。
彼と目が合った。
「目が潤んでる。」
「え?」
「乾いてたんだよ、ずっと慧の目。」
彼はそう言うと俺を抱き締めた。
痛いぐらいに。
「慧が嫌だって言っても俺は離さないから。つきまとうから。だから安心して。」
「...なんだよ、それ。」
「大丈夫だよ。」
何か分からないけど、俺はその一言にすっといつもの自分に戻った。
「行こう。」
彼は俺の手を取ってカメラの前に連れていった。
ラストシーンは美しかった。
彼が彼を撃つと雲間から光が注ぐ。
希望がそこから溢れていた。
完成披露試写会で俺は泣いたが、彼は平然としていた。
そして泣いてる俺を見てポケットからハンカチを出して渡してきた。
どこかで見たことのあるハンカチ。
「それ、慧のだよ。」
「え?」
「覚えてないだろうけど。」
「覚えてないよ。」
「高校生のとき、同じオーディション受けてたんだよ俺たち。で、俺初めてだったからどうしたらいいか分かんなくて汗かきまくってたらそれ渡してくれた。」
「これ母親のだ。」
「返せてよかった。」
「よく持ってたな。」
「忘れるわけないでしょ。俺の初恋だったんだから。」
「え?」
「だから慧のことだけは絶対離さないよ。」
そう言って舞台へ上がっていく彼の後ろ姿を見ながら思った。
今すぐ後ろから抱きついて、キスしたい。
君の目に映る俺を見たい。
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