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なにを考えてるか分からない。 何をしでかすか分からない。 それが俺の彼の印象だった。 初めて共演した時、初対面でいきなり抱き締められて耳元で 「ずっと会いたかった。」 と言われてビビった。 それから今日まで共演することはなかった。 15年だ。 この15年、お互いキャリアを積んだ。 俺の好きな監督たちの作品に彼が出てると嫉妬した。 でも見終わるといつも、そんな嫉妬心は消える。 彼は役者になるために生まれてきた。 天才とは彼のことを言うんだと思ってる。 同じ世界にいるのに、俺と彼は別の次元にいると思う。 俺は才能なんてないからとにかく努力した。 悩んで悩んで考えて考えて、いつも苦しみながら役と向き合ってきた。 15年ぶりに彼と共演と聞いたときは、嬉しいのと怖いのとが入り交じった感情が沸いた。 15年前とは違って今回はガッツリ共演だからなぁ。 と思ってる間に衣装合わせで会うことになった。 彼は相変わらず独特な服でにこにこしながら現れた。 そして俺を見つけるなり寄ってきてあの時と同じく抱きついてきた。 「ちょっと太ったよね?」 「あ、うん。」 「そりゃ15年も経ってればそうか。」 「赤間くんは相変わらずだね。」 「赤間くんなんてやめてよ。同じ歳なんだし。呼び捨てでいいよ。俺も慧って呼ぶから。」 え?下の名前? と思った瞬間にキスされた。 「これから3ヶ月よろしくね。」 そう言って去っていった。 今のは、挨拶のキス?だよな? 彼なら全然ありえる。 そう思って受け流すことにした。 彼の言動にイチイチ引っ掛かってたらキリがない。 それぐらい彼はやはり不思議な人間だった。 直感で生きてる人間に理由なんてないだろうし。 俺と彼の役は刑事と重要参考人。 ある殺人事件に巻き込まれ、記憶をなくしてしまった男を俺が演じる。 記憶が戻れば事件の真相と犯人にたどり着ける。 その為、刑事と一緒に暮らすことになる。 という設定。 だから今回はガッツリ共演になる。 俺は初日から彼の演技に圧倒されていた。 俺だけじゃない、見てる全員が息することを忘れるぐらい。 刑事が殺された妻子の死体と対面するシーンが一番最初のシーンだった。 彼が雨に打たれながら泣き叫ぶシーン。 カットがかかると、彼はすっと自分に戻っていつものように笑ってた。 それが俺からしたら不思議で仕方なかった。 タオルで髪を拭きながら俺のとこに来て、 「もう弁当食べた?」 と聞いてきたから、 「なんで引きずらないの?」 と咄嗟に聞いてしまった。 「引きずるって何を?」 「いや、だって。」 「カットかかったら終わりだから。それだけだよ。」 そう言った目が綺麗に冷めていた。 ほんとうに芝居をしてたんだ、彼は。 俺は芝居ができないから、一生懸命役に入ろうとする。 どうしたら憑依できるかずっと考えてる。 「ねぇ、さっきのシーンちゃんとできてた?俺。」 「え?」 「監督はよかったよって言ってたけど。実感がないというか、自分で分かんないんだよね。」 「なんで?」 「ん~、多分考えてやってないからかな?ずっと思ってる。俺、ちゃんとやれてんのかなって。」 「正解なんてないんじゃないか?考えてやっても、俺だって自信なんてないよ。」 「じゃあ、慧も同じなんだな。」 「同じな訳ない。」 「え?」 「赤間は役者になるために生まれてきたじゃないか。」 俺がそう言うと、彼は目が点になっていた。 そして急に笑いだした。 「やっぱり慧は面白いな!」 「お前に言われたくない。」 「お前、いいねぇ。そう呼んでよ俺のこと。」 お前って呼ばれて喜ぶやつがいるかよ。 何が面白かったのか理解できないが、お互い理解できないまま終わった。 撮影は順調に進んだ。 彼は他にも同時進行で進めてる作品があってハードそうだった。 休憩はずっと寝てたし。 彼が元気じゃないと現場の雰囲気は随分と変わる。 よく考えるといつも彼は誰彼構わず話しかけて笑わせてた。 じっとできない子供みたいな。 でも、もしかしたらそういう行動にちゃんと意図があったのかもしれないと思う。 寝てる彼の手の中にそっと栄養ドリンクを握らせた。 俺は俺のできることやろう。 どうしたって俺は彼にはなれないんだし。 そう思えたら肩の力が抜けて、芝居だけに集中できるようになった。 そしたら監督から、 「今のシーンよかったよ。」 と珍しく褒められた。 その夜、ロケ地で宿泊となり、みんなで飲みに行った。 彼もようやく忙しさから解放されたようで飲み会の場ではいつものように弾けてた。 俺の隣に帰ってきた頃にはいい感じに酔ってた。 「慧、飲んでる?」 「飲みすぎじゃないか?大丈夫か?」 「大丈夫大丈夫。てか、なに飲んでんの?」 「泡盛。」 「は?慧ってめっちゃ強い人?」 「まぁ、親父が九州人だから。」 「じゃあ、俺がぶっ倒れたら介抱よろしく。」 彼はそう言うとまた旅立っていった。 介抱なんてごめんだ。 と思ってたのに、酔っ払った彼にしがみつかれて仕方なく部屋まで運んだ。 彼の部屋は色んなものが散乱していた。 2日でこんなになるもんかね。 ベッドに下ろして、ふと落ちてた台本を見た。 台本には、 自分を信じるしかない と走り書きで書いてあった。 天才にも苦悩はあるんだと、そんな当たり前のことを改めて知った。 「飲みすぎた。」 「大丈夫かよ。」 「ねぇ、慧はなんで役者やろうと思ったの?」 「え?」 「なんで?」 「小学校の学芸会で主役やらされて、嫌々やったんだけど、終わった後拍手もらって何か気持ちよくて。中学で演劇部入ってそっからかな。」 「へぇ。俺はそんなちゃんとしたのじゃなくて、高校中退してブラブラしてたら今の事務所の社長に拾われて、まぁ別に他にやることないしいいかって。そんぐらいだった。」 「きっかけなんてなんでもいいんだよ。始めることはなんでも簡単だけど、続けることの方が難しいから。」 「嬉しかった。慧が、役者になるために生まれてきたって言ってくれたの。」 「笑ってたくせに。」 「俺、嬉しいと笑っちゃうの。」 「照れ隠しだったのか。」 「照れてねぇし。」 「...俺も自分を信じようと思う。誰より。」 「あ、台本勝手に見たな!」 「でも、やっとお前のこと見えた気がして嬉しかった。」 俺がそう言うと彼はまたキスをした。 「なに?」 「したくなったから。」 「したくなってもするなよ。気を付けないと訴えられるぞ。」 「慧は訴える?」 「俺は訴えないけど。」 「俺、誰にでもする訳じゃないよ。」 そんなマジな顔するなよ。 「じゃあ俺帰るから。ちゃんと水飲んで寝ろよ。」 「え?帰っちゃうの?」 「おやすみ。」 そう言って部屋をでた。 やはりよく分からない。 分かった気がしたけど、また分からなくなった。 キスの感触が消えないまま俺は目を瞑った。
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