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翌日、彼は至って普通だった。 まぁ二日酔いではあったけど。 東京に帰る新幹線で隣に座ってきて何を話すでもなく眠ってしまった。 マネージャーさんに、 「昨日も大変ご迷惑おかけしたみたいで。」 と頭を下げられた。 「全然大丈夫ですよ。」 「ダメですよ!甘やかすとトコトンですから。ほんとご迷惑だったら突き放してくださいね。」 マネージャーというか母親みたいだな。 突き放すか...。 何か分からないけど、こういう人間に懐かれるのは悪くない気もする。 迷惑とか思ってない。 ただキスだけは謎すぎるから拒否らないと。 一番厄介なのは嫌じゃないこと、なんだよな。 どうしたもんか。 まぁ、撮影もあとちょっと。 終わったら会うこともないだろうし。 そう思うと少しだけ寂しいような気もしないでもない。 いよいよ撮影も終盤。 記憶が戻った男と真犯人と刑事が対面するシーンの撮影が始まった。 長丁場だ。 が、何だか彼の様子がおかしい。 いつものようにニコニコはしてるけど。 「お前、何か変だぞ。」 「え?いつも通りだよ。」 もしやと思って額に手を当てるとビックリするほど熱かった。 すぐにマネージャーさんに伝えて撮影を中止させた。 心配だから病院に付き添って、家まで送った。 「昨日、雨に濡れるシーン撮ったからかもしれないですね。すみません、マネージャーの私が気づかなきゃいけなかったのに。」 「薬飲ませて寝かせれば大丈夫ですよ。」 「ありがとうございました。」 「じゃあ俺はこれで。」 そう言って帰ろうとすると服を引っ張られた。 「慧、側にいて。」 えらく弱々しい声。 「甘えるんじゃないの!」 「いや、いいですよ。俺、いますから。」 「え?でも」 「マネージャーさん、買い物行ってきてくれますか?メモるんで。」 仕方ない。 これが甘やかしてることになるとしてもほっとけない方が勝つ。 子供の頃、親が共働きだったせいか俺は妹と弟の面倒を見ていた。 少し歳が離れてたから、時々親の代わりをやってたのもあってこういうのは慣れてる。 「慧、しんどい。」 「薬が効けば楽になるよ。」 「ごめんね。」 「いいんだよ。しんどい時は人に頼って。変なとこで無理すんな。」 「ありがとう。」 「何か気持ち悪いから早くいつものお前に戻れ。」 「気持ち悪いってひどぃぃ。」 そう言ってすっと眠りについた。 翌日、彼は嘘みたいに元気になった。 治りが早い。 「今日は大事をとって撮休にしてもらったから。」 「え?全然いけるのに。」 「そう見えるけど。まぁ、ゆっくりしてろ。」 「じゃあ何か作るわ。お礼に。」 「え?」 「俺こう見えてもめちゃくちゃ料理上手いから。」 どうせ男の料理とか言ってチャーハンとかラーメンとかかと思ったら普通にお洒落なものが出てきた。 「これ、なに料理?」 「なんだろ?分かんないけど旨いよ。」 確かに分からないけど旨かった。 俺が食べてるとこをニコニコしながら満足げに見ている。 「お前も食えよ。」 「見てるだけでお腹いっぱい。」 「ほら!」 箸で差し出すと顔を近づけてきたが、そのまままたキスをしてきた。 キスというか唇をペロッと舐めて 「旨い。」 と笑った。 「おい。」 「だってそっちのが旨そうだったけど。」 「こういうのやめろ。」 「ダメなの?」 「男にして何が嬉しいんだよ。」 「したくなるのに男とか女とかあるの?」 「いや、ないけど、でも、」 「嫌ならしない。約束する。」 「嫌というか、何か、」 「そういう隙があるならグイッていっちゃうよ?」 そう言うと俺を軽々と担ぎ上げてベットにおろした。 「どうする?」 まるで狼に食べられそうな子羊。 「やめろよ、その目で見るの。」 「どんな目?」 喉から手が出るほど欲しいって目。 そういう目で見られると俺みたいな人間は与えたいと思ってしまう。 それが性だ。 ダメだと分かってるのに。 彼は俺の手にキスをした。 耳に、首に、頬に、鼻に、目に、唇に、額に。 「...でも慧が俺を欲しいって思ってくんなきゃヤだな。」 そう言うと彼は離れた。 そして何もなかったように、 「お茶のむ?コーヒーの方がいい?」 と聞いてきた。 狼が人間に戻った。
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