崇高な存在

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 その男は、自分の頭で考えるという能力が欠如していた。幼い時から親や周りの人間の言う事を素直に聞き、その指示に従って暮らしていた。自分で考えなくても、周りが代わりに考えてくれる。これほど楽な事はなかった。  しかし頼りにしていた親は亡くなり、二十歳を超えた男の代わりにあれこれと考えてくれる者は、もはや存在しなかった。男は耐えられなかった。自分の頭で考えて行動するのは苦行でしかなかった。    男の陰鬱な気持ちも知らず、夜の街はネオンで眩しく照らされている。そのネオンを全身に浴びる人々は、みな笑顔で夜の時間を楽しんでいた。どうしてそんなに明るく生きられるのか。毎日、次々に迫られる選択をこなすだけで男は疲れ果てていた。自分で考える事に慣れていない為、小さな問題でも時間をかけて考える必要があるのだ。   「ふぅ…」    ため息をつき、信号待ちの間に目障りなほどに明るい大型ビジョンを見上げると、これまた耳障りなトーンで宣伝が始まった。    〈あなたの悩みを即座に解決!話し相手にだってなれます。最新対話型AI・フロイントはあなたの友達です〉    男の目はその宣伝に釘付けになった。信号が青になっても歩き出さない男に、舌打ちをしながらビジネスマンが肩をぶつけていく。よろけながらも、男はすぐにスマホを取り出し検索した。ようやく、自分の代わりに考えてくれる新たな存在を見つける事ができたのだ。    
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