崇高な存在

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 男はただ、うなだれるしかなかった。自分にもう少し考える力があれば、自分の事は自分で決断できる力があればと悔やんだが、これまでの時間を巻き戻す事など不可能だった。   「僕の人生はもう終わりだ……。上司の言うように、僕は考える葦なんかじゃない弱く情けないただの葦なんだ。そんな価値の無い存在が、この先生き続ける意味はあるんだろうか?」   「『人間は考える葦である』という言葉には、様々な解釈があります。人間の弱さや脆さを葦に例えながらも、植物と違って人には考える力があるというのが一般的な解釈です。しかし実際の葦は強い風に吹かれた時、その力に身を任せて柔軟にしなり、折れる事はありません。そして強風の後には、再び立ち上がる。葦は、弱いがゆえに必死に生き延びる術を考え出しました。人間は、弱いが考える事ができる葦のようだと捉える事もできます。後者の解釈の場合、あなたも弱いなら弱いなりに、葦のように生きていける手段を見つけられるはずです」   「その手段とは?いや……それは僕が考えるべき事なのか。葦だって自分で見つけたんだから」    男はうなだれた首を再び起こした。弱く脆い男だが、大きく運命が変わろうとしているその時でも、心は決して折れてはいなかった。  
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