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「正直困ってる」
ぽつりと聞こえた言葉に数秒前の決意が吹き飛んだ。じわりとまぶたが熱くなり顔をそむける。
「ごめんなさい、困らせて。気にしないで忘れて」
「違うんだ。困るのは自分にだ」
「え?」
どういうこと? 思わず動きを止めて凝視する。
「再会してからずっと、香ちゃんが時々まったく知らない女性に見えてしまう。そのたびに、妹みたいなものだと自分に言い聞かせていた」
「妹じゃないわ」
「……ああ、そうだ」
短くそう言った彼は、私の手をつかみそのままソファーに押しつけた。
「これが証拠だ」
腰をグイっと私の太ももあたりに押しつける。
「あ……っ」
硬い感触の正体に気づき、一瞬で全身がカッと熱くなった。
「おまえはどうなんだ。このまま続けてもいいのか?」
無理強いをするつもりはないと、眉根を寄せながら彼が言う。
私が今ここで『やっぱり無理』だと言えばすぐにでもやめてくれるだろう。彼の職業を考えれば、それは絶対のことのように思える。それでなくとも、彼は子どもの頃から一度たりとも私の嫌がることをしたことがない。
けれどここで『NO』と口にしたら最後、もう二度と〝妹〟から脱却することはない気がする。これはきっと最初で最後のチャンスなのだ。
決して瞳を揺らすまいと真っすぐ見つめ、口を開いた。
「私は一度だって〝兄〟だなんて思ったことない」
形のよいアーモンドアイが見開かれた後、噛みつくように口づけられた。
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