3.あの頃と同じこと、違うこと。***

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 感情が高ぶりすぎて目頭が熱くなる。うつむいて鼻をズズッとすすったら、そっと肩を抱かれた。 「そんなこと言うやつがいたのか?」  ぐっと奥歯を噛みしめてうなずく。付き合う相手に『結婚するまで清い関係で』と告げると、大抵フェードアウトか、さっきのような捨て台詞を吐かれるかのどちらかで別れる。 「もしかして今回の失恋相手?」 「違う! 首席はそんな失礼なこと言う人じゃない」  結城首席はとても優しく誠実な人だ。間違ってもそんなひどい振り方はしないはずだ。  そもそも、告白すらさせてもらえなかったのだ。彼は恋人への深い愛情を語ることで私を牽制したのだから。  もし彼とうまく行けば、半ば意地のように守り続けてきたこの貞操観念を捨ててもいいかもと夢見たこともあったが、結局ただの独りよがりだった。失恋自体よりもそっちの方がショックだったかもしれない。 「なるほど。結婚式の後に、その名の通り〝初めての夜〟を過ごすのが夢、というわけか」  改めて言葉にされると恥ずかしい。それは間違いではないけれど、すでに過去のことだ。 「今となっては昔のことだわ。赤い糸なんて幻想なんだって、いいかげん現実を見るべきだってわかったの。どうせ叶わないんだったら、圭吾お兄ちゃんに教えてほしいの」 「俺に……」  彼が戸惑っていることは伝わってきたが、諦めきれず食い下がる。 「昔は色々なこと教えてくれたでしょう? 算数も英語も、逆上がりも」 「それとこれとは」 「一緒よ。私もう嫌なの、理想だと思い込んでいた幻想にとらわれるのは。私に初めて〝も〟教えてよ、圭吾お兄ちゃん」
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