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彼が子連れの若い女性と一緒にいるところにばったり出会ったときに、てっきり彼の見た目やステイタスにつられたシングルマザーだと思い込んだ。だから彼女とふたりきりになったときに、首席がどれだけすごい人かを語り、気安く子守り要員にするなと訴えた。
結局それは私の的外れな正義感だった。
首席から真実を聞いた瞬間、猛烈な羞恥心が湧き起こった。その場でどうにか彼女への謝罪を首席に言づけたものの、なんと言ったのか思い出せない。
彼は真実を私に教えることで、大切な人を守ると同時に私に牽制もしたのだ。
告白すらさせてもらえなかった片想いは、理想ばかりを追いかけて盲目になっていた自分の愚かさに気づくと同時に終わりを迎えた。今思い返しても胸の中に苦いものが充満する。
早く食べ終わって席に戻ろう。箸の動きをこっそり速めていると、視界の端に彼のお弁当が目に入った。
「おいしそう……」
うっかり声に出してしまい、慌てて口を押えたが遅かった。
「ありがとう」
自分のことのようにうれしそうな笑顔で言われ、発言をなかったことにできなくなった。
「すごいですね。彼女さんの手作りですか?」
「ああ、毎日作ってくれて助かっているよ」
彼は顔をほころばせ、愛おしげな瞳でお弁当を見つめている。仕事中は見たことのない表情に、最初からかなうはずがなかったのだと痛感した。
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