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「北山も結婚相手にお弁当を作ったのか?」
「え! あ、これは……」
予期せぬ質問に慌てる。首席の視線が私の弁当だったので慌てた。そのすごいお弁当の後にこれを見られるなんて、軽く罰ゲームだ。弁当から意識を逸らしたい一心で口を開く。
「ど、どこで私が結婚したことを?」
結婚のことは秘密にしているわけではないが、まだ公にしていない。手続きの関係で上司と総務に伝えただけだ。今抱えている案件がひと段落したら、新しい名刺と共に関係各所にきちんと挨拶してまわろうと考えている。
「福利厚生の室長が同期なんだ」
「あ……なるほど」
「他の職員には話していないと言っていたが、おそらく俺が直前まで北山と同じ在米大使館にいたから、知っているものだと思って話してしまったのだろうな。口留めの連絡を入れておくことにするよ」
「いえ、大丈夫です。別に秘密にしているわけではありませんから」
多忙な結城首席の手をこんなことで煩わせるわけにはいかない。尋ねられれば本当のことを言うつもりでいることを話す。
「そうか。それにしても、急に結婚したと聞いて驚いたよ。アメリカで一緒に働いていたときは、他のスタッフのように日本に恋人がいる話はしていなかったから」
それはあなたに片想いをしていたからです――なんて言えるはずもない。
わき目もふらず仕事に邁進する首席――あの頃は一等書記官だった――に認められたくて、彼について仕事をこなすのに必死だった。
苦い記憶を振り払うように卵焼きを口に放り込んだら、さらに苦くになった。
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