5.お弁当とイレギュラー***

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 私があんなふうに強引に結婚を迫らなければ、圭君は今頃もっとよい相手と巡り合っていたかもしれない。そしたら彼は、今日みたいに焦げた卵焼きや冷凍唐揚げ入りの弁当を持たされることもなかったはずだ。  首席の箸先にある黄色がやけにまぶしい。 「どうやったらそんなにきれいにできるのかしら……」 「きれいにできる?」 「あ、えっ……いや、今のは」  なんでもない、と続けるより早く彼の視線が箸先へ向く。 「ああ、なるほど。卵焼きか」  無意識のつぶやきから正解を導き出されて驚いた。洞察力と察しの良さはさすが敏腕外交官だ。 「それなら彼女に作り方を教えてもらえるよう聞いてみようか?」 「えっ!」  首席の突拍子もない提案に思わず驚きの声を上げたが、すぐに我に返る。あんな失礼なことを言った私が、彼女になにかお願いするなんてできるわけがない。 「お気使いありがとうございます。せっかくですが――」 『遠慮させてください』と言いかけたところで、電子音が鳴り響いた。  バッグの中からスマートフォンを取り出すと、課長の名前が表示されている。 「ちょっとすみません」  首席に断って立ち上がりベンチから離れながら電話を取る。  いつもの柔和な声で『休憩中にすまないね』と前置きをした課長が、手短に用件を告げる。電話を切った私は結城首席に退席の挨拶をし、急いで課に戻った。
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