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10 side宝井 守 内ポケットに入っていた携帯が震える。 忙しくて後回しにしたかったが、相手が関だったので、立ち止まり中身を確認した。 "今日、飯いきませんか?" 珍しい誘いだ。 近頃はお互い身体を寄せていたいのが勝ってしまって、デリバリーか自炊でどちらかの家に居る事が多かった。 確かに外食してなかったな… 今日は沢田のストレスもあったし、美味い飯でも食わせてやるか 「了解っと」 返事を返し、残った仕事を手早く片付けた。 「関、上がるぞ」 「ウス」 会社を出て、二人でタクシーに乗った。 「どこ行くんすか?」 「寿司」 「何で?」 「何でって、おまえ好きじゃん。」 「どこの?」 「なーいしょ」 関は俯いた。 「肉が良かったか?」 覗き込むと、目を潤ませて首を左右に振る。 「関?…心配ないよ。ちゃんと個室とったから」 関は人目を気にするところがある。特に会社周辺では変に二人を嫌がった。妙な噂で俺を困らせたくないと、いつだったか言われた事がある。それはお互い様だと言ったのに、関は俺と自分では会社に対する価値が違うと頑なだった。 何も違わない。俺達は何も、違わないのに。 寿司屋は有名な店で、よく芸能人なんかも来るらしい。ここを知ったのは、たまたま店主の息子さんが美容師で、紹介してもらったのがきっかけだ。 「何か…むちゃくちゃ高そう」 「たまにはな。今日は関も俺も頑張ったし、外食も久しぶりだろ?」 暖簾を潜り中に入ると、落ち着いた雰囲気のカウンターから店主がペコリと頭を下げた。 「お久しぶりです宝井さん!よく来てくださいました!」 「こちらこそ!お久しぶりです!俊介くんマネージャーに昇格、おめでとう御座います!」 「ありがとうございます!皆さんのおかげで。そうそう!今日はいいネタが入ってますから、ゆっくりして行って下さい」 「ありがとうございます!」 小さな日本庭園のような庭を歩き、離れの座敷に案内された。 「どういう知り合いなんすか?!」 「店主の息子さんが美容師でな。おまえが入社する前、俺がルートだったんだ。」 「へぇ…凄い…」 関は和室の中をキョロキョロと見渡す。高そうな掛け軸や壺、綺麗に生けられた花を眺め、感嘆のため息を漏らす。 「本当は何ヶ月も先まで予約取れないんだけどな。コネってヤツだ」 俺は胡座をかいて後ろ手をつき軽く笑った。 「コネ…」 途端に関の顔色が曇る。 そういうのを見逃すほど俺はバカじゃない。 「どうした?」 「いや…何でもないっす」 「…嘘が下手だなぁ…まぁ…食ってから聞くとしようか」 運ばれてくる寿司に、関は満足そうだった。 恋人が美味そうに飯を食ってるだけなのに、俺は酷く満たされていた。 今日はどうやら、俺も相当沢田で疲れたようだ。 「で?そろそろデザートが来るころだけど…おまえ、何隠してる?」 関は俯いた。 「沢田の事か?」 頬杖をついて向かいの関を眺める。 「課長は…結婚願望とか…」 「結婚?」 「あぁ…やっぱいいっす…大した事じゃないんで」 俺は関の憂鬱の原因を掴んだような気がしていた。 「…関は?いずれ、誰かと結婚」 「しないっ!!」 バンと机に振り下ろした関の拳が食器を小さく鳴らした。 俺は手にしていたお猪口の中の透き通る酒を見つめる。 「…しないなんて…言わなくていいだろ」 「え?今…なんて」 「関は若いんだし…未来なんてわかんねぇだろ?自分で決めてがんじがらめになったりしたら」 「あんたはそれで良いのかよっ!」 「…関…」 良いはずなかった。 好きだから。 関が、好きだから。 誰かに今すぐ盗られるくらいなら、俺はこいつをどうにかしてしまうかも知れない。 大人になると、素直ってヤツが難しいのは、どうしてなんだろうな。 でも、おまえを手離すってのは、今すぐの話じゃないだろ? 「おまえの幸せが一番だからな…結婚が関にとっての幸せになる日が来るなら…俺はおまえと別れるよ」 嘘だった。 営業職ってヤツは、口からでまかせでいけない。 偽る事に慣れ過ぎて、傷つけると分かっていても、止まらない。 顔を上げたら、関が静かに泣いていた。 ゴクッと喉が鳴る。関の泣き顔は、俺の一番好きな顔のはずなのに、心が一気に冷える。 こんな事で泣かせたいわけじゃない。 おまえの幸せが 俺の幸せなのは間違いないんだ。 俺は頭を掻いて眉間に皺を寄せ吐き捨てた。 「何でこんな話になったんだ…」 関はそれを聞いてから立ち上がり、部屋を出て行った。 追いかける?責任も取れない俺が?今しか楽しませてやれない俺が? 追いかけて 一体なんて言うんだ? なんて言えば…おまえの未来の選択肢を奪わずに済むんだよ…。
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