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16 side宝井 守 関は空気の読める賢い男だ。俺はそんなところも良いと思ってる。かと思えば、言いたい事を言わない卑屈なところもある。俺はそれを可愛いと表現している。 関は、見た目満点、中身優秀なハイスペック男子。なのに、俺に対してだけ決定的に自信がない。それなのに、俺を一番に考えてる。矛盾してはいるが、そこが男らしくかっこいい。 手のひらに触れた頰を撫で、閉じた瞼にキスをした。 「…分かった」 ベッドから出て携帯を手にする。 着信履歴がまるでストーカーかのような勢いで刻まれていた。さすがに関も無視出来なかったのが分かる。 小さくため息を吐き、電話を掛け直す。 コール音がしたかしないか、相手は瞬間的に電話に出た。 「もしもしっ課長ですか?!」 「あぁ…何かすげぇ電話鳴ってたみたいで。悪い、寝てたわ。どうした?」 「ごめんなさいっ!お休みなのに」 甘えた声で思ってもない事を口にする。本当にどこまでもあざとい奴だ。 「いや、構わない。用件は?なんだった?」 「あの…梶さんのチームの話、聞いて欲しくて」 俺は一瞬息を止める。仕事の話だと言われると、上司として断りづらい。 「おまえ、こないだもそんな事言って」 「今度は本当にっ!ちゃんと相談ですっ!信じて下さいっ!」 俺は髪を掻き上げながら天井を見上げた。 「…じゃあ…明日」 「今日っ!今日がいいんですっ!」 「今日?」 俺は思わず顔を顰める。 カタンと後ろで物音がする。 関がキッチンでコーヒーを淹れていた手を止めていた。 「沢田、今日は」 「課長っ」 きつい口調で沢田は俺を誘導する。 「はぁ…何時だ。」 「夜、七時に」 「夜?」 「ディナーしながらがいいなって」 「だから…それだと前と同じじゃないかよ。」 「違いますよ!今度は課長、私を置いて帰れません!伯父が同伴しますから」 「伯父?」 「あぁ…言ってませんでしたか?私の伯父、うちの会社の常務なんですよ」 俺はトンと背中を壁に当てた。沢田はコネ入社だと何度か噂は聞いていた。バックにそれなりの人間がいるのか、くらいにしか考えていなかった。俺には、さして関係のない話だと思っていたからだ。 「常務…ってうちの堤常務の事か?どうして常務が」 「まぁまぁ…美味しいディナーにしましょうね!伯父さんが予約してくれたホテルで。詳細はまた連絡します!じゃ」 「おいっ!沢っ………切ってんじゃねぇよ」 携帯画面に呟いて、頭を抱えズルズルとヘタリ込む。 何で常務が同席するんだ?一課は成績も悪くないし、佐野が研修に参加してくれてるから商品知識が薄い人間なんて居ない。梶のチームだって、今月も優秀だった。 「課長」 関の声に、はっと顔を上げた。 関は俺の前に屈み、マグカップを差し出した。 「コーヒー、入りましたよ」 苦笑いに近い笑顔。 「あ、ありがとう」 カップを受け取り、コーヒーを覗く。 良い香りがして、安心という空気を吸い込む。 一口飲んでから、マグカップを床に置き、関を抱き寄せた。 「夜までは動ける。どこか行きたいとこ、ないか?」 「課長が、俺のこと初めて…俺のだなって…言ってくれた場所」 錆びたコンテナがゴロゴロ乱雑に置かれた、綺麗とは言い難い海が見える空き地。 あそこにコイツを連れて行った俺は、確か勇気を出したんだ。関が欲しくて、腕に抱きたくて。 人と付き合っても、長く続いて一ヶ月が良いところの俺だったが、関と出会って変わった。 明らかに変わったんだ。 「何で今そんなとこ…」 「…気分ですよ。深い意味なんてありません。」 俺は抱いた関の首筋に噛みついた。小さな呻き声を聞いてから、その痕をゆっくり舐める。 こんな印をつけて虫除けにしようとする俺に自嘲気味た笑みを浮かべた。 関は空気の読める賢い男だ。俺はそんなところも良いと思ってる。かと思えば、言いたい事を言わない卑屈なところもある。俺はそれを可愛いと表現している。 だから、空気を読んで、言いたい事を言わない関が 今は…怖かった。 「準備しよう」 そう呟いて、俺達は別々に用意にかかった。
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