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side関 悠二
どうしてこの場所を選んだのか分からない。
でも、宝井課長の電話での様子はおかしな感じがした。
常務の名前まで上がってたんだ。ただごとではないだろう。
「今日は風がキツイなぁ」
課長は汚れた海を見下ろしながら呟いた。その背中は少年のように見える。
俺は後ろからボンヤリと一枚の絵を見るようにそれを眺めていた。
振り向いた課長が手を広げる。
俺はドキッと心臓が跳ねるのを感じながら、そっと腕の中に入った。首筋に頰を寄せる。
遠慮がちに腕を腰に回してギュッと抱きつく。
課長が広げていた腕の片方は俺の腰を抱き、もう片方は後頭部に回され、優しく髪を撫でられる。
デジャヴだった。
俺はこの光景を見た事がある。幸せだった。幸せで、泣いたのを覚えてる。
なのに今は、不安で押し潰されてしまいそうだ。
「課長…好きです。」
課長は俺の目を見つめながら、丁寧に囁いた。
「唾つけたんだから…おまえは俺のだろ」
ポロポロと涙が溢れて、必死に課長にしがみついた。
あの時と
何が違うんだろう。
車に乗ったら、課長が重い口を開いた。
「沢田と十九時から食事に行ってくる。梶の事で…相談があるって。帰りが、ちょっと読めない。」
いつもなら、早く済ますという彼は暫く押し黙り、力無く続けた。
「沢田の伯父……堤常務らしいんだ。今日、食事に同伴するって…まぁ…大丈夫だとは思うんだけど、沢田は梶の事だって言ってたし…直接俺が関係した話になるとは思えないんだけどな…あぁ…何グズグズ言ってんだろな」
課長は俺をギュウっと抱きしめて、首筋に鼻先を埋める。そして、ゆっくりまるで味わうみたいにして、俺の匂いを吸い込んだ。
「ちょっと課長、くすぐったいですよ」
「うん…もうちょっとだけ…なぁ…関、もし、俺が左遷とかくらったらさ…」
ピクンと身体が揺れてしまう。
「ハッ…何で課長が左遷なんて」
「うん、だから…まぁ大丈夫だとは思いたいんだけど…ダセェよな、俺、さっきの電話からビビってるわ。」
課長が首筋に唇を寄せてくる。
「おまえと…離れたくない」
風が強くて、声が小さくて、まるで子供みたいで…
嫌な予感なんて
当たらなければ良いと
課長のことを抱きしめた。
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