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side 宝井 守
「でぇ〜、そこのランチが美味しいらしくって…って課長ぉ〜聞いてますぅ?」
沢田はパスタをフォークに巻き付け、口に運ぶ前に、向かい合わせに座る俺に向かってボヤいた。
「え?あぁ…それより、何でランチの話なんだ。悩んでんだろ?仕事!核心を話せ」
「えぇ〜!課長、鈍いっ!私は課長とご飯行きたかったんですぅ〜!」
「おまえねぇ〜…そういうのは良くないっ!俺はおまえがっ」
「心配っ!してくれました?」
グイッと身を乗り出してきた沢田と鼻先が触れそうな距離になり、咄嗟に顎を引いた。
「あぁ…もちろん」
「私、課長のその薄い茶色の目、すっごい好き」
俺は沢田の発言にため息を吐きながら椅子の背もたれにふんぞり返った。
「どーも。」
「彼女、居ないんですよね?」
「…居ないよ。」
「だったら私…」
「彼女は居ないけど、これでも大切な人は居るんだ。悪いな」
「え?何ですか?それ?!彼女居ないのに、大切な人?」
「プライベートを喋るつもりはないよ。俺、腹減ってねぇから帰るわ。ワインでも飲んでゆっくりして帰れ。課長様の奢りだ。」
「え?ちょっ!宝井課長っ!!えっ?!えーっ!」
沢田を置いて、多めに支払いを済ませ店を出た。
すぐさま内ポケットから携帯を取り出す。
呼び出し音がもどかしい。
「もしもし…」
「俺。今終わらせた。おまえ、家?」
「…課長の…家っす」
俺はびっくりしてから、フッと笑いが漏れた。
関には合鍵を渡してある。
まさかこの状況で俺の家にいるなんて予想もしていなかった。頑固なところがあるから、きっと自分の家で不貞腐れていると思っていたのに。
「すぐ帰る」
「…ゥス」
俺は大通りに向かって走り、手を挙げた。タクシーが止まり、忙しなく乗り込む。住所を告げて、走り出した車の窓から見える、とっぷり暮れてしまった景色に、沢田を巻くのに時間がかかり過ぎたような気がしていた。
関が俺の家で待っている。
あんなに嫉妬で怒っていたのに可愛くて仕方がない。
マンションに着いたタクシーから飛び出すように出ると、エレベーターのボタンを何度も押してしまった。
「お急ぎですか?」
「あっ!…いや、す、すみません。」
「フフ、このエレベーター、遅いですよねぇ」
白いフワフワした小型犬を腕に抱えたご老人がクスクスと笑った。
大人げない行動を目撃され、恥ずかしい。
やっとの思いで来たエレベーターに乗り、七階のボタンを押す。
「あの、何階でしょうか?」
後ろを振り返ると、ニコニコしたご老人は丁寧に「八階をお願いします」と告げた。
彼女のおっとりした喋りのせいだろうか、早く早くと思う心に、余計な油を注がれたように感じる。
七階に着く手前には後ろのご老人に挨拶を済ませ、エレベーターから飛び出した。
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