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伍之矢
桜の花が舞う菫桜神社には、春例大祭を見るために多くの見物客が詰めかけた。社務所では小学生の女子、翠雲高校の女子高生が、紅白の巫女服を着るのに忙しかった。
「ご来場のみなさま、例大祭の奉納神事は午前十時、秋の収穫を占う立射は十時半の予定です。本年の射手巫女は御影家当主ご息女、菫桜高校弓道部主将の御影有希子さんが務めます。しばらくお待ちください」
アナウンスをするのは翠高放送部員だ。観客の多さはイラスト部が商店街に張り出したポスターやチラシの効果も大きいだろう。
「ここまでは順調だね」
社務所六畳間のふすまをすべて閉め、夷澄と僕、ルカの三人が頭を突き合わせて小声で話す。
「前半は親父からの説明通り神事を進めてくれ。神の巫女である有希子を駿雷のサイトときなこのルカちゃんで境内に誘導する。神事が終わって有希子が姿を現したら、計画実行だ」
朝十時。本殿の太鼓が打ち鳴らされる。神事の開始だ。
空は快晴、神社の境内で荘重な雅楽の演奏、踊る若い舞子。
「今年は巫女さん多いねえ。男子の藤袴も素敵だし」
「若いと動きがいいわ。いつも人を集めるのに苦労しているのに」
「今回は翠高生が協力してくれたらしいよ」
来賓と観衆が、舞に見とれている。
神舞が終わると再び太鼓が響き、子ども巫女行列に続いて僕とルカの騎乗する馬が境内に入る。きょうの僕の馬は駿雷、途中で夷澄と乗り替わるためだ。夷澄がいないと不機嫌にいななく馬がおとなしく、慣れない僕に従っている。神事と理解しているのだろうか。
その後ろから弓道着を着た御影さんが、厳かな顔で歩を進める。
馬を止め、拝礼した御影さんが弓を両手で掲げながら昇殿する。本殿左右の脇に来賓席。いつもは締め切った本殿正面の戸が開放され、中の畳部屋には二十人ほどの中高年がいた。彼らが衆家だろう。
正面右の浅黄色の神装束は、夷澄の親父さんだ。
隣に太った背広の男が座っていて、汗をかきながら扇子をぱたぱた振っていた。御影社長の名代、副社長の小橋さんという人だ。
御影、朝霧、衆家が一同に集まる。役者がそろった。
「見慣れない背広が十人以上いるね」
馬上のルカが視線を左右に動かす。満員の客席と境内は仮柵で仕切られ、警備員のように屈強な背広が等間隔で立っていた。
「小橋副社長の取り巻きだな」
「面倒にならなければいいけど」
ルカが小声でつぶやく。
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