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神事は厳粛な空気の中で滞りなく進み、神に祈りを捧げた御影さんが宮司から弓矢を受け取って拝礼。後ろ足で三歩下がり、くるりと回って境内を向いてから、再び礼。そして弓を握り直し、本殿を出ようとした時――。
「その神事、しばし待たれよ!」
一人の少女が境内の脇から、小鹿のように駆け走る。
少女がまとうのは翠雲の里をイメージした緑と空の青、菫と紫と桜色をアクセントにいれた巫女服。この日のために僕がデザインし、被服部に突貫で作ってもらった晴れ舞台の着物だ。
夷澄は本殿正面の下まで駆け寄ると、片膝をついて頭を下げた。
「朝霧家筆頭息女、朝霧夷澄。御影家並びに衆家の皆様に折り入ってご相談がある」
「朝霧さん、あなたっ……!」
主役を突然奪われた御影さんが立ちすくみ、絶句した。
「夷澄……大事な例大祭を抜け出して、今までどこに行っていた?」
式典を進めていた親父さんが、急にあわてた顔になった。
「なんだ、あの小娘は。これも神事か」
小橋さんが、不快そうに目を細める。夷澄は周囲の戸惑いを意に介さず、口上を進めた。
「これより古式に則り、御影流白羽流鏑馬の神事を百六十年ぶりに執り行う。一同は謹んで八幡様の神意を拝領せよ」
「白羽流鏑馬、だって???」
衆家がどよめく。見たことはなくても、さすがに伝統の故事は知っているようだ。
親父さんがあんぐりと口を開け、それから顔が真っ赤になった。
「夷澄、白羽流鏑馬などの大事をお前に頼んだ覚えはない。それに何を誓約する気だ」
「無論、御影家並びに衆家の一大事。菫桜神社を鎮守する千年の森を拓く、その決断を神事で占う」
夷澄が顔を上げ、きりと切り上げた眉で前を見据える。
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